【心不全】

A)定義:心不全とは、心臓のポンプ機能の障害により、体組織の代謝に見合う十
  分な血液を供給できない状態で、左心不全、右心不全、両心不全に分類される。
  また、時間経過より急性心不全、慢性心不全に分類される。

B)病態生理:心不全により心拍出量が低下すると、代償反応により
   1)循環血液量が増加し、両心房圧が高まりうっ血症状をきたし、
   2)末梢抵抗が増加し、さらに心拍出量が低下する。
  従って、心不全の治療の目標は、心拍出量を増し、うっ血状態を改善し、末梢
  抵抗と心拍出量の不適合に基づく悪循環を断つことである。

C)診断
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             左 心 不 全       右 心 不 全
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   血 行 動 態    左房圧≧12mmHg    右房圧≧6mmHg
  --------------------------------------------------------------------
   特    徴     肺静脈うっ血        体静脈うっ血
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   自 覚 症 状     労作性呼吸困難        食欲不振
            夜間発作性呼吸困難  
                    起坐呼吸 
  --------------------------------------------------------------------
   身 体 所 見       チアノーゼ                 頚静脈努張
                    肺野湿性ラ音              肝頚静脈逆流、肝腫大
             第3音              下腿浮腫、胸水、腹水
  --------------------------------------------------------------------
   胸部レ線       上肺野肺静脈拡張          胸水貯留(右>左)
                間質性浮腫 
                    肺胞うっ血、心拡大 
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D)病因
 1)原因疾患:高血圧、冠動脈疾患、先天性心疾患、弁膜疾患、心毒性(アント
   ラサイクリン系・エタノール)、心外膜疾患、内分泌疾患(甲状腺疾患・糖
   尿病)、炎症性疾患(感染・自己免疫疾患)、浸潤性疾患(アミロイドーシ
   ス・ヘモクロマトーシス・サルコイドーシス)、特発性心筋症
 2)増悪因子:塩分過剰摂取、心機能抑制薬物の使用(Ca拮抗剤・βブロッカ
   ー・抗不整脈剤・造影剤)、Na貯留作用を持つ薬剤(ステロイド・消炎鎮
   痛剤)、発熱、過労、低蛋白血症、貧血、妊娠、肥満、甲状腺機能亢進、全
   身性疾患(肺疾患・腎疾患)、ストレス(感情的・身体的・環境的)、不整
   脈、解剖学的異常(動静脈瘤・心室瘤・大動脈縮窄症)、その他基礎疾患の
   併発

E)治療(主として救急外来で必要となる急性左心不全の治療を中心に)
 1)救急フロアーでの治療
  1.バイタルサイン:血圧、脈拍、チアノーゼの有無、呼吸状態などをチェック。
   血圧<90はショックと考え、ショックに準じた治療を行う。 
  2.ファーラー位:起坐呼吸の患者は無理やり横臥位とはせず、ギャッジ付きス
   トレチャーでファーラー位をとらせる。
  3.血液ガスを採取し、とりあえずO2を3〜5 で開始する。この際、フェー
   スマスクが好ましいが、患者が嫌がるときは鼻腔カニューレでもかまわない。
   必要に応じてリザーバー付きマスクを使用する。10リットルの酸素投与に
   てもPaO2 が60torrを保てない場合は挿管を考慮する。
  4.サーフロー針で血管を確保する。同時に採血し、血算、電解質、BUN、ク
   レアチニン、GOT、GPT、LDH、CPK、CKMB、BSなどをチェ
   ックする。その後とりあえずNaの入らない5%グルまたはマルトス10な
   どを接続し、キープする。
  5.心電図をとり、急性心筋梗塞、不整脈の有無を確認する。もし心不全の原因
   としてこれらの疾患が確認されれば、その治療を合わせ行う。
  6.胸部レ線(正面坐位または半坐位)をとり、重症度によりICUまたはHC
   Uへ移送する。
  7.以上の処置を行いながら、要領よく患者または家族より初めての発作か、突
   然の発症か、心疾患の既往、現在までの治療歴(内服薬があればその内容と
   服用の現状)などにつき問診する(ただし治療が優先!)。
  8.患者の状態がきわめてクリティカルであれば、ラシックス1〜2A、塩酸モ
   ルヒネ5〜10mg、血管拡張剤(ニトロール・フランドールテープ)、昇
   圧剤などを、検査に先立ち使用しても良い。また来院と同時にICUへ搬入
   し、救命処置を行う必要のある症例もあるので注意する。

 2)ICU、HCUでの治療
  1.原則として以下の処置を手際よく行う。
   a)心電図モニター
    b)動脈ラインの確保
   c)スワンガンツカテーテルの挿入(圧モニターおよび静脈ラインの確保)
   d)バルーンカテーテル留置
    2.上記のモニターより得られる血行動態のデーターからフォレスターの分類を
      参考に下記のごとき治療を行う。血行動態上、RAP2〜5mmHg、
   PCWP8〜12mmHg(急性心筋梗塞時は13〜18mmHg)、心係
      数(CI)2.5l/分/m2以上を目標とする。
    3.フォレスター分類
     a)
        心係数(l/min/m2)
                 |               | 
              |  サブセット1 |  サブセット2
          |                |
         |   正常     |   肺うっ血
           2.2|----------------|-------------------
         |  サブセット3 |  サブセット4
          |                |
           | 末梢循環不全  |   肺うっ血
         |        |    末梢循環不全
                 |----------------|--------------------
          0       18      肺動脈楔入圧(mmHg)

      b)治療指診
    サブセット1:心機能自体は正常と考えられる。安静臥床で経過観察と
           し、心不全の誘因の発見、治療に努める。CI4.0以
           上は高心拍出量性心不全に属するので、基礎疾患の治療
           を優先する。
    サブセット2:前負荷過剰状態である。第一選択は利尿剤(ラシックス)
           であるが、同剤が無効あるいは禁忌の時は亜硝酸剤の点
           滴静注を行う。急激な利尿によりRAP、PCWP、血
           圧、CIが低下することがある。この様なときは、水バ
           ランスを計算し、輸液にて補正する。
    サブセット3:Low output の状態である。RAP2以下、かつPCWP
           が8以下の時は脱水と考えられるので、モニターを見な
           がら、慎重に水分負荷を行う(ラクテック500ml/
           2〜3時間など)。それ以外の時は心筋収縮力の低下が
           病態の主体であり、カテコールアミンが適応となる。
    サブセット4:重症心不全状態であり、死亡率も極めて高い。カテコー
           ルアミン、利尿剤、血管拡張剤などの併用により、前負
           荷の軽減と心拍出量の増加をはかる。利尿剤に反応しな
           い場合は、体外除水(ECUM:extracorporeal ultra-
           filtration method)を考慮する。また、心筋虚血の関与
            する心不全では、IABPの使用を検討する。
    4.その他の処置
      a)水分管理:はじめ絶食とし、輸液も5%グルを主体とする。利尿剤に対
    する反応が良好で、症状の改善が着実に認められる場合には、水分制限
    をゆるめていく。水バランスは、水分の出納だけでなく、体重の変化を
    参考にする(退院後も体重をチェックするよう教育する)。
   b)尿量は1200ml/日以上を目安とし、輸液は極力経口摂取に切り替
    える。食事は5分→全粥とするが、NYHA3度以上でなければ、塩分
    は7〜10g/日として良い。
  5.具体的な薬剤の使用法(心筋梗塞の心不全の項及び重症患者の治療に用い
      られる薬剤参照)
   a)ラシックス(1A=20mg、100mg。1T=40mg)
    1)初回投与量は10〜20mgとする。
    2)通常30分で100ml以上の利尿が得られるが、低酸素血症、腎不全、
          低心拍出量状態などでは反応が不良のことがある。
    3)低酸素血症に対しては酸素投与、低心拍出量状態にはカテコールアミン
     の投与を行い、PaO2≧70、CI≧2.2で1時間尿量が200ml
     以下の時は1回量を20mgとする。
        4)腎不全で利尿効果が不良の時は40→100→200mgと効果がある
          まで2時間毎に漸増する。
        5)利尿がつきすぎたときは、脱水にならないように適切な輸液を行う。
          特に、拡張型心筋症、大動脈狭窄の場合に注意(前負荷の減少から心拍
          出量が低下し、突然心停止をきたすことがある)。
        6)副作用の低カリウム血症、低マグネシウム血症は不整脈を誘発するので
          特に注意する。
        7)必要に応じ、スピロノラクトン(アルダクトンA・ソルダクトン)を併
          用する。
      b)カテコールアミン
    1)急性期の低心拍出量状態の時にドブトレックス(ドブタミン)、イノバ
          ン(ドーパミン)などが用いられる。
        2)ドブトレックスは急性期の強心薬としては速効性があり、最も有効であ
          る。変時作用、不整脈催起作用が少なく、PCWPを上昇させないなど
          の利点を有するため、第一選択で使用される(→P228参照)。
    3)イノバンも心拍出量を増加させるが、ドブトレックスより弱く、中等量
          以上ではPCWP、心拍数、血圧を上昇させるため、ショック状態でな
          い心不全での使用はベストではない。しかし、少量では尿量、腎血流量
          増加作用を有するため、ショック例には単独あるいはドブタミンとの併
          用で汎用される(→P223参照)。
        4)ノルアドレナリンはα作用を持ち、腎血管を収縮するため通常用いられ
          ない。しかし、心拍出量低下および血圧低下により乏尿となっている場
          合には、前2者と併用することで利尿がつくことがしばしばある。 
      c)ジギタリス剤
    1)心房細動など頻脈性上室性期外収縮が心拍出量を低下させている場合に、
          良い適応となる。
        2)ジギタリスには速効性はなく、上記以外では急性期には通常カテコール
          アミンが用いられるが、その離脱に際し用いられることもある。
        3)ジギタリスを使用する場合も、最近では急速飽和は行わず、最初から維
          持量を投与するのが一般的である。
    4)ジゴキシン1T(0.25mg)を経口投与した場合、約1週間で定常状
          態に達するので、このころに血中濃度をチェックする。
        5)より吸収の確実なメチルジゴキシン(ラニラピッド1T=0.1mg)を
          使用することもある。ジゴキシン1T=ラニラピッド1.5T
    6)ジギタリス剤の使用にあたっては、低カリウム血症と併用薬剤との相互
          作用に注意する(→P227参照)。
      d)血管拡張剤
        1)亜硝酸剤:主として、急性期に前負荷の軽減を目的として使用される。速
          効性で半減期が短いため使いやすいが、低血圧に注意。冠動脈拡張作用を
          有するため虚血性心疾患による心不全で特に使用される。軟膏及びテープ
          は、緩徐な効果が得られ、血圧の変動も少ないので使いやすい。
        2)アダラート:動脈拡張による後負荷軽減を目的として使用される。高血圧、
          狭心症、弁膜症(AR・MRなど)による心不全で特に有効。
     急性期には舌下投与が行われることが多いが、舌下投与は持続時間が短く、
          血圧の変動も激しいため、緊急性のない場合は内服投与が好ましい。降圧
          のみで利尿がつき、心不全が軽快することもある。
        3)カプトリル(1T=12.5mg):アンギオテンシン変換酵素阻害により、
          末梢動脈を拡張させ、後負荷を軽減する。主として慢性心不全において使
          用される。12.5mgを8時間毎で開始し、低血圧が容認できれば25
          mg→50mg、8時間毎まで増量する。
        4)レニベース(1T=5mg):アンギオテンシン変換酵素阻害剤。
     5mg/日より開始し、可能であれば20mg/日まで増量する。

・参考文献
 1.石川恭三:新心臓病学(第2版)     医学書院 1986
 2.伊賀六一ほか:内科治療ハンドブック    医学書院 1989
  3.内科レジデントマニュアル        文光堂 1989
 4.臨床医 循環器疾患(臨床医の治療方針) Vol.13 No.8 中外医学社 1987

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