【糖尿病、低血糖】
糖尿病に関係する昏睡には、典型的なインスリン欠乏状態であるケトアシドー
シス、老齢者に多い高浸透圧性非ケトン性昏睡、組織の酸素欠乏による乳酸ア
シドーシスさらに医原性に起こることの多い低血糖がある。
A)診断
1)血糖値の測定(デキストロメータでとりあえず大体の値がわかればよい)
2)尿糖・尿中ケトン体のチェック
3)採血:血算、BUN、クレアチニン、電解質、血糖
4)血液ガス
5)検査結果の評価
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血糖 尿糖 ケトスティックス pH アニオンギャップ
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低血糖 <50 −〜++ − → <12
ケトアシドーシス 300-1000 ++++ +++ ↓↓ >12
非ケトン性昏睡 >600 ++++ −〜+ → <12
乳酸アシドーシス 150-250 −〜+ −〜+ ↓↓ >25
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*アニオンギャップ=Na+-HCO3-−Cl- で、正常値は8〜12
6)注意すべき点
1.原因不明の昏睡の患者をみたら、常に低血糖と高血糖の両者を考慮する。
2.高血糖・尿糖は脳血管障害発症時にも出現する。
3.血糖は少なくとも400mg/dl以上でないと昏睡にならない。
4.ケトン体は非特異的に(+)となるため、著明上昇でないとダメ。
ケトスティックスはニトロプルシド反応を利用しているため、アセト酢酸
とは反応するが、βヒドロキシ酪酸とは反応しない。
5.腎障害時には尿にケトンがでにくいので、血液のアセトンをチェックして
から非ケトン性とすること。
6.嘔吐が激しいときはケトアシドーシスでもpHが低下しないことがある。
7.デキストロメータ(簡易血糖測定器)の上限は400mg/dlであり、
測定誤差は±20〜30mg/dl位と考える。
B)低血糖性昏睡
1)ポイント
1.糖尿病の治療中の患者に見られることが多い。
2.血糖値と症状はあまり相関しないが一応の目安として
70:副交感神経優位(空腹感・悪心・あくび・徐脈)
50:大脳機能低下(会話減少・嗜眠)
35:交感神経優位(頻脈・血圧上昇・過呼吸)
20:昏睡、痙攣
3.高血糖よりも低血糖の方がすみやかな処置を必要とする。
2)治療
1.軽症(経口摂取可能)
a)ペットシュガー1袋(8g)、氷砂糖、ジュースなどを摂取させる。
b)スナック、菓子などなんでもよい。
2.重症(経口摂取不可能)
a)50%ブドウ糖20ml(10g) 静注
1)多くは数分〜15分で回復する。効果がなければ追加投与する。
2)経口糖尿病薬による低血糖は遷延する傾向があり、注意が必要。
3)血糖は150mg/dl位になるように、5〜10%ブドウ糖の点滴
静注によりコントロールする。
b)グルカゴン(1A=1mg) 筋注
1)インスリンによる低血糖に有効。アルコール性低血糖や肝にグリコ−
ゲンの予備がない場合は無効。
2)15分で効果なければもう1A追加。
3)2時間後ぐらいに反応性低血糖がおこることがある。
c)上記処置で回復せず、副腎不全や脳浮腫が疑われるとき、
1)ハイドロコートン 100〜250mg 静注
2)デカドロン 10mg 静注
3)20%マンニトール 300ml 点滴静注(30分)
C)糖尿病性ケトアシドーシス
1)補液
1.著明な高浸透圧時(>350mOsm/l)でも生食を使用してよい。
生食の浸透圧は308mOsm/l(Naは154mEq/l)で患者の
血漿よりは低張である。1/2生食の使用は急速な浸透圧の低下を招来し、
脳浮腫をおこす。生食で十分な効果が得られないときは2/3生食を用い
る。心不全合併例では1/2生食をゆっくり補給する。
2.開始時間が患者の予後を左右するので、できるだけ早く治療を開始する。
3.水分喪失量(l)=(血漿浸透圧−292)/292×標準体重×0.65
このうち、半分を最初の6時間で、残りを24時間で投与する。
4.大体の目安として、1−2−3方式
最初の1時間で1L、次の2時間で1L、次の3時間で1L。
5.高齢者や心、肺、腎などに合併症のある例では200〜300ml/hr
にとどめる。またうっ血性心不全、肺水腫の発生に注意。
2)電解質の補正
1.Kの補正が特に大切。
Kが4〜5mEq/l→10mEq/hr
Kが3〜4mEq/l以下→20mEq/hr
ただし、1日200〜300mEq以下とし、はじめはKを含まない輸液
を使用する。
2.アシドーシスの補正は原則として行わない。
ただし、pHが7.0以下ならメイロン40mlを蒸留水160mlで20
0mlとし(等張)1時間で。又pHが6.9以下の時はメイロン20〜4
0mlをゆっくり投与し、pHを7.1まで補正する。
3.リンの投与は原則として行わない。
低リン血症の症状(精神症状・脳神経麻痺など)がある時のみ行う。
リンの投与による副作用(低カルシウム血症、低マグネシウム血症など)
の方が恐ろしい。
3)インスリン療法
1.少量持続注入療法(万能ではないが大多数でOK!)
a)0.1単位/kg/hrで開始する。
b)反応が鈍いときは注入速度を2倍にする。
c)血糖値が250mg/dlまでの平均降下速度は124mg/dl/hr。
d)1時間毎に血糖を測定し、血糖値が250〜300mg/dlまで低下
したら、注入速度を1〜2単位/時間に減じ、輸液を生食から5%グル
(ソリタT3)に変える。
2.筋肉内分割投与法
a)まず、10〜20単位筋注、以後4〜8単位/時間筋注。
b)2時間毎にチェックし、反復する。
c)少量持続注入療法とほぼ同程度の効果が得られるとされている。
d)しかし、重症例では循環不全のため、予想通りの効果が得られないこと
もある。
e)平均血糖降下速度は30〜100mg/dl/hr。
f)重症感染症、末端肥大症、クッシング症候群、インスリン抗体存在時な
どでは大量療法に切り替える必要があることもある。
3.大量療法
a)レギュラ−インスリン 50〜100単位を半分皮下注、半分静注。
b)2時間後20〜40単位 皮下注。
c)その後4〜6時間毎に20〜40単位(皮下注)を血糖が200mg/
dl以下になるまで続ける。
d)安定後は中間型インスリン(ヒューマリンN)をベースにして、速効型
インスリンをスライディングスケール法で使用する。
4.注意点
a)インスリンの濃度が1.2単位/ml以上の時は、管壁への吸着は無視
してよい。それ以下の場合は、0.35%以上のアルブミンを加える。
b)一方インスリンの輸液回路への吸着は瞬時に起こり、それ以上吸着しな
いという見解もあり、はじめに100mlぐらいフラッシュするだけで
アルブミンの添加は不要とも言われている。
4)合併症の予防及び治療
1.不均衡症候群:血糖、電解質、浸透圧、pHなどがあまりに早く補正され
ると、異常状態に適応した組織(特に脳組織)は急激には新しい環境に適
応できず、両者間の均衡が破綻して脳浮腫、Paradoxical acidosis、肺水
腫などを生じることがあるので、臨床症状や検査結果をみて補正の速度を
調節する。
2.血栓症:血液の濃縮により、血栓ができやすい状態にあるので、脳血栓、
心筋梗塞、DIC、腸間膜動脈血栓症などに注意する。浸透圧が380以
上のときは、6000〜10000単位のヘパリンを持続静注する。
3.感染症の予防:尿路及び呼吸器感染症に注意し、必要に応じて抗生剤の投
与を行う。
4.急性胃拡張・胃アトニー:重症例に発生することがある。嚥下性肺炎の予
防のため、経鼻胃管を挿入する。
D)高浸透圧性非ケトン性昏睡
1)基本的治療は糖尿病性ケトアシドーシスと同じ。
2)脱水の程度が糖尿病性ケトアシドーシスより強い。体重の10〜20%の
水分欠乏と言われており、水分の補給がインスリンの投与よりも優先する。
3)血漿浸透圧(mOsm/l)=2×Na+血糖/18+BUN/2.8
4)1/2生食を用いるときには、脳浮腫の危険をたえず念頭におく。
E)乳酸アシドーシス
1)アニオンギャップ>12〜14mEq/lを伴う代謝性アシドーシス
2)組織の酸素欠乏によりおこる。ビグアナイドがほとんど使用されなくなっ
たため、糖尿病の合併症としては希となった。
3)肝性昏睡、ショック、心血管障害、アルコール、大量出血、腎不全、腸間
膜動脈血栓症、白血病、サリチル酸中毒などでみられる。
4)治療
1.低酸素血症の改善
2.原疾患の治療
3.アシドーシスの補正:1時間毎にアシドーシスをチェックしながら
a)pH7.1以下→メイロン80ml+蒸留水320mlを1時間で。
b)pH7.0以下→メイロン20mlを静注してから a)を行う。
c)メイロンの入れすぎに注意!
[参考1]ケトアシドーシス性昏睡と高浸透圧性非ケトン性昏睡の鑑別点
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ケトアシドーシス 高浸透圧
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発症年齢 若年・壮年者に多い 老年者に多い
神経症状 (±) (++)
発熱 (−) (+)
脱水症状 (+) (+++)
血糖 300−1000 600−1500
血清・尿ケトン体 (+++) (−)〜(±)
血清ナトリウム <145 >150
血清カリウム 正常〜(↑) (↑↑)
血漿浸透圧 >300 >350
血液濃縮 (−) (++)
血清遊離脂肪酸 1.0以上 1.0以下
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Y)糖尿病治療のコツ
1)インスリン量の決定
食事療法後の空腹時血糖(FBS)より
レギュラーインスリン=(FBS×0.12−3.7)/3を1日3回
レンテインスリン=FBS×0.11−6.9 朝1回
2)Sick day rules(風邪・下痢などにより、体調を崩したときの自己管理法)
1.食物摂取量が減った時は、ジュース、スープなどの飲物で補う。
糖質は最低100g、水分は最低1Lを目安とする。
2.薬物(インスリン・血糖降下剤)は中止しない。
a)いつもの半分以上食べられれば、通常どおりに使用する。
b)いつもの半分以下なら、薬物を通常の半分にする。
3)スライディングスケール法:6〜8時間毎に血糖を測定し、下記の量のレ
ギュラーインスリンを投与(皮下注)する。
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血糖 インスリン量
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<150 0〜2単位
151〜250 4〜6単位
251〜350 6〜8単位
>351 10〜12単位
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4)手術前後の管理のポイント
1.術前管理:空腹時血糖 140mg/dl以下、1日尿糖10g以下、
尿ケトン陰性を目標とする。
2.術当日の管理:5〜10%のブドウ糖約500mlを点滴して、ケトーシ
スを予防する。インスリンは5〜10%ブドウ糖点滴下に、1〜2単位/
時間の速度で持続静注し、頻回に血糖を測定して、血糖値250以下を目
標に投与量を調節する。
3.術後の管理:少なくとも100g以上の糖質を補いつつ、スライディング
スケール法でコントロールしていく。手術的ストレスは術後2〜3日で軽
減し、1週間後には治まる。
5)糖尿病状態の人にグルコースをいれる際に必要なインスリンの量は、グル
5gに対しレギュラーインスリン約1単位と考えるとよい。
[参考2]75gGTT
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空腹時血糖 1時間値 2時間値
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糖尿病 ≧140 ≧200
正 常 <110 <160 <120
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[参考3]経口剤による糖尿病治療におけるコントロール基準
-----------------------------------------------------
時間(食後) GOOD FAIR POOR
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空腹時 <110 <130 >130
1時間 <150 <180 >180
2時間 <130 <150 >150
3時間 <110 <130 >130
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[参考4]糖尿病のコントロール基準 ( )内は妊婦
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時間(食後) GOOD FAIR POOR
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空腹時 <120(90) <140(105) それ以外
2時間 <180(140) <200(165) それ以外
空腹時尿糖 (−) (−)〜(+) それ以外
食後尿糖 (−)〜(+) (+) それ以外
フルクトサミン 2.0〜2.8 <3.5 ≧3.5
HbA1 <8.0 <9.0 ≧9.0
HbA1c <6.0 <7.0 ≧7.0
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注)フルクトサミン(FA)は、過去約2週間の平均血糖値を反映する。
注)HbA1とHbA1cはともに、過去約1〜2カ月の平均血糖値を反映するが、
後者がより正確である。
[参考5]SU剤かインスリンか
1)膵インスリン分泌能力の判定
1.尿中Cペプチド1日排泄量>20μg以上ならSU剤の適応
2.グルカゴンテスト:1mg静注後、6〜10分の血液Cペプチドが
1.0μg/ml以上ならSU剤の適応
2)インスリン療法の適応
1.糖尿病性昏睡、ケトアシドーシス
2.インスリン依存性糖尿病(IDDM)
3.インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)のうち、食事療法、運動療法、
経口剤で十分なコントロールが得られない時
4.重症の肝障害、腎障害が認められるとき
5.外科手術時、重症感染症時、ストレス時
6.妊娠、出産を希望する糖尿病婦人
[参考6]当院で使用しているSU剤
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商 品 名 一 般 名 投 与 量 投与回数 作用時間 半減期
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デアメリンS グリクロピラミド 250−500 1 6−8 5
グリミクロン グリクラジド 40−160 1−2 6−12 8
オイグルコン グリベンクラミド 2.5−15 1−2 12−18 5−7
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1)どの製剤も1Tあたりの血糖降下作用はほぼ同じになるように作られている
が、オイグルコン1.25mgはデアメリンS250mgやグリミクロン40m
gよりやや効力が強い。
2)グリミクロンには血小板凝集抑制作用もある。
3)空腹時血糖が200未満の患者には、血糖降下作用が弱く半減期の短いデア
メリンS 250mgで開始、1〜2週おきに250mgずつ増減する。
4)空腹時血糖が200を越える患者には、血糖降下作用が強いオイグルコンを
1.25mgから開始。その後は1〜2週おきに1.25mgずつ増減する。
・参考文献
1.内科レジデントマニュアル 第2版 医学書院 1987
2.吉矢生人ほか:集中治療のてびき 南山堂 1986
3.内科治療マニュアル 第4版 MEDSi 1987
4.薬の使い方 Medicina 増刊号 Vol.24 No.10 1987 医学書院
5.糖尿病とその合併症 現代医療 VOL 19. 1987 現代医療社
6.糖尿病−最新の治療 臨床医 Vol 15. No4 1989 中外医学社
7.糖尿病の話題 臨床医 Vol 12. No.10 1986 中外医学社
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