【狭心症】

A)定義:冠血流の絶対的あるいは相対的低下により、心筋が一過性に虚血に陥
  ることにより生じる特有な胸部不快感(狭心痛)を主症状とする臨床症候群。

B)分類(ANA分類、1975)
  1.安定労作狭心症(stable angina of effort)
  2.不安定狭心症(unstable angina)
   症状が3週間以内に始まり、最終の発作が1週間以内にあったもの
    a)新規労作狭心症(new angina of effort)
     初めて労作狭心症が生じたか、6カ月以上の無症状期間をおいて再発
     したもの。
    b)変動型(changing pattern)
     安定型狭心症であったものが、発作の頻度や持続時間、強さを増し、
     また簡単に誘発されるようになったもの。
    c)新規安静狭心症(new angina at rest)
     新しい安静時狭心症で、時に発作が15分以上持続し、ニトログリセ
     リンに対する反応が悪く、痛みと共に一過性のST変化やT波の陰性
     化を伴うもの。

C)症状及び診断(胸痛の項参照)
 1)狭心症の診断は、発作時の心電図変化を捉えることで確定する。
  1.発作時の心電図がある場合は、非発作時の心電図と比較し診断する。
  2.来院時胸痛がある場合には、12誘導心電図記録後、ニトロールなどを舌
   下投与し、投与後の症状・心電図変化より診断する。
 2)来院時には胸痛が消失し、さらに発作時の心電図がない症例でも、危険因
   子を有し、胸痛の性状が狭心症に典型的な場合は、狭心症として対応する。
   不安定狭心症の疑いがあれば原則として入院とし、薬剤は投与せずに次の
   発作を待つ。その後72時間以内に発作が再発しなければ、トレッドミル
   負荷試験などを行い、冠動脈疾患の有無を推測する。 
 3)不安定狭心症は、心筋梗塞や突然死へ移行する危険性が高く、なかでも変
   動型狭心症・新規安静狭心症(特に発作の持続時間の長いものや発作の頻
   回なもの)は予後不良であり、治療の内容が予後に重大な影響を与えるた
   め、慎重な対応が大切である。 

D)治療
 1)発作時の基本的対応法
  1.12誘導心電図をすばやく記録後、亜硝酸剤を舌下投与する。無効の場合
   は3〜5分後さらに追加投与する。血管拡張による血圧低下に注意。
   a)ニトログリセリン錠(1T=0.3mg)舌下:1〜2分で効果が出現し、
    約30分持続する。20T入りの瓶に入っているが、2カ月毎に取り替
    えないと効力が減弱する。最近発売されたニトロペン(1T=0.3mg)
    は、ニトログリセリンの揮発性を押え保存性に優れている。
   b)ニトロール(1T=5mg)舌下:2〜3分で効果が出現し、約2時間
    持続する。数年間有効。
  2.異型狭心症などSTが上昇するタイプでは、Ca拮抗剤が有効なことがあ
   る。血圧低下に注意して、アダラート1/2〜1P舌下。
  3.10分以内に胸痛が止まらなければ無効と考え、心筋梗塞への移行や狭心
   症以外の胸痛の可能性などを考慮する。
 2)亜硝酸剤の舌下投与で、胸痛が消失しない場合
  1.ST・T変化などの心電図変化が認められる場合は、心筋梗塞に準じ、心
   臓カテーテルを施行する。必要に応じてPTCR、PTCA(心筋梗塞の
   項参照)。
  2.ST・T変化が認められない場合は、他の疾患の可能性を考慮するが、狭
   心症が否定できない場合は、心臓カテーテル検査を行うこともある。
   心エコーが診断に有用なこともあるので、状況に応じ施行する。
 3)胸痛発作が亜硝酸剤の舌下投与で消失するが、発作が頻回に起こる場合は
   下記の薬剤を種々の組合せで使用。
  1.酸素投与:鼻腔カニューレで2〜3 。
  2.亜硝酸剤を血圧、心電図モニター下に静脈内に投与する。
   a)ニトロール(1A=5mg/10ml):1/2〜1Aゆっくり静注。
     点滴静注の場合は、2〜10mg/時間
   b)ミリスロール点滴静注:通常0.2μg/kg/分より開始、胸痛が消失
    するまで5〜10分毎に0.1〜0.2μg/kg/分づつ1〜2μg/
    kg/分まで増加する。血圧が低下したときには、下肢挙上・補液・カ
    テコラミンなどの昇圧剤を投与する。
  3.抗凝固療法として、ヘパリン1万単位/日を持続静注する。
   また、下記のごとき抗血小板剤を併用する。
   a)小児用バファリン 1T/日
   b)ペルサンチン(ジピリダモール) 200mg/4×1
   c)パナルジン(チクロビジン) 2〜3T/2〜3×1
  4.Ca拮抗剤:本剤は冠血流を増加させ、かつ心筋酸素消費量を減少させる
   作用を有するのでほぼあらゆるタイプの狭心症に対して使用される。特に
   冠動脈攣縮の関与する症例に威力を発揮する。アダラート、ヘルベッサー
   などが使用されるが、各薬剤の特徴をよく理解し、使用することが必要。
  5.その他
   a)シグマート:亜硝酸剤でありながら、Ca拮抗剤としての作用を有する。
    持続性亜硝酸剤のみではコントロールが不良の狭心症に有効なことがあ
    る。15〜40mg/3〜4×1で使用される。
   b)βブロッカー:心拍数・血圧・心筋収縮力のいずれをも低下させ、心筋
    酸素消費量を減少させるため、労作狭心症の予防に極めて効果的。安静
    狭心症では、冠動脈攣縮を増長するため禁忌。
   c)胸痛が強く、不安感を伴う場合には、セルシン・レペタンなどを使用す
    る。呼吸抑制や血圧低下に注意する。
  6.上記の治療でもコントロールできないときは、心臓カテーテル検査を施行
   し、必用に応じてPTCA、CABGを施行する。その際、IABP(大
   動脈内バルーンパンピング)を使用することもある。
 4)タイプ別、狭心症の治療と予防
  1.労作狭心症:多くは90%を越える冠動脈狭窄に関連して出現するもので、
   根治的にはPTCAまたはCABGが必要。投薬によりこの狭窄を取り除
   くことは不可能であり、薬物療法の中心は冠動脈の拡張と心筋酸素需要量
   の調節にある。亜硝酸剤、βブロッカー、Ca拮抗剤などが使用される。
  2.安静狭心症:冠動脈狭窄の程度が時々刻々変化するのが特徴で、血管攣縮、
   血栓形成などの関与が考えられている。心筋酸素需要量の減少のみでは虚
   血は改善せず、Ca拮抗剤、亜硝酸剤、血小板凝集抑制剤などが治療の中
   心となる。βブロッカーはむしろ禁忌。
  3.一般的管理
   a)増悪因子の除去:貧血・甲状腺機能亢進症・高血圧・不整脈などがあれ
    ばその治療をする。睡眠不足・過労を避けるようにし、ストレスや不安
    感が強いときは精神安定剤がしばしば有効である。
   b)冠危険因子のコントロール:喫煙・高血圧・高コレステロール血症・糖
    尿病などがある場合は、そのコントロールが必要。

E)狭心症に対して使用される薬剤について
 1)亜硝酸剤
  1.ニトログリセリン(nitroglycerin)
   a)ニトログリセリン舌下錠・ニトロペン:使用法は前述。
   b)ミリスロール注:使用法は前述。
   c)バソレーター軟膏(6mg/cm)1〜3cm/回、1日3〜6回。 
    効果発現15〜20分、効果持続4〜8時間。
   d)ニトログリセリンテープ(1枚5mg)1〜2枚/回、1日3〜6回。
    効果発現30分、効果持続4〜8時間。
  2.硝酸イソソルバイド(isosorbide dinitrate:ISDN)
   a)ニトロール錠(1T=5mg)舌下は前述。内服は1回1〜2T、1日
    4〜6回。効果発現20〜30分、効果持続2〜4時間。
   b)フランドール(1T=20mg)徐放性。1回1〜2T、1日2〜4回。
    効果発現30〜60分、効果持続8〜12時間。
   c)ニトロール注(1A=5mg)使用法は前述。
   d)フランドールテープ(1枚40mg)1回1枚、24〜48時間毎。
    効果発現60分、効果持続24〜48時間。
    e)ニトロールスプレー(1g中ISDN16.35mg含有)1回1噴霧(
    ISDNとして1.25mg)通常100回使用できる。
 2)βブロッカー
   
   商品名  一般名   1T  1日量  心選択性 ISA MSA
   -------------------------------------------------------------------
    インデラル   propranolol 10mg    30-120mg    −    −   +
   -------------------------------------------------------------------
    アプロバール  alprenolol  25mg    75-150mg  −    +   +
   -------------------------------------------------------------------
   カルビスケン   pindolol   1,5mg     3-30mg   −    ++   −
   -------------------------------------------------------------------
    ブロカドレン timolol      5mg    15-30mg   −    −   −
   -------------------------------------------------------------------
   アセタノール  acebutolol 100mg  300-600mg   +    +   +
   -------------------------------------------------------------------
   セロケン    metoprolol  40mg  60-240mg     +    −   −
   -------------------------------------------------------------------
   ミケラン     carteolol    5mg    10-30mg     −       +      −
   -------------------------------------------------------------------
    テノーミン   atenolol   50mg   50-100mg    +       −      −
   -------------------------------------------------------------------
 
 3)Ca拮抗剤:共通の薬理作用として細胞膜のCa++チャンネルに働き、細 
     胞外から細胞内へのCa++の流入を抑制するが、その他の薬理作用は各薬
    剤により特徴があり、病態に応じて選択することが必要である。
  1.ワソラン(ベラパミル):房室結節内伝導抑制及び洞結節自動能抑制作用 
     が強いが、他の諸作用は弱い。房室結節をリエントリー回路として持つ回
     帰性頻脈の治療に著効を示すため、PSVTの治療に用いられる。
     5〜10mgを5分以上かけて静注する。内服の場合(1T40mg)は
     1日120〜240mgを3回に分服する。
   2.アダラート(ニフェジピン):最も強力な血管拡張作用を有し、血圧低下 
     による後負荷軽減作用も強力である。そのため反射性の交感神経緊張をお 
     こし頻脈を招く。安静狭心症に対する有効率も90%と最も高率。抗不整 
     脈作用はない。アダラート(1T=10mg)、セパミット(1パック= 
    10mg細粒)、アダラートL(1T=20mg、徐放剤)の3剤型があ 
  るので、症例によって使い分ける。通常30〜40mg/3〜4×1。 
   3.ヘルベッサー(ジルチアゼム):冠拡張作用は強いが、末梢血管拡張作用
   は弱く、降圧効果はレセルピンとほぼ同じ。ベラパミルと同程度の房室伝
   導抑制作用を有するが、洞結節自動能抑制作用はやや弱い。注射薬1A=
   10mgと50mg。必要に応じ適宜使用。内服薬は1T=30mg。
   1日90〜180mg/3×1。

・参考文献
    心筋梗塞の項参照

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