【急性腹症】

A)総論
 1)全身状態の把握
  1.発症の時期や経過、疼痛の部位や性質などを問診しながら、vital sign(脈
   拍・血圧・呼吸・体温)のチェックを行い、ショックの有無を確認する。
  2.ショック状態にあれば、迅速に静脈を確保し(できれば20Gより太いサー
   フロー針を使用し、同時に採血を行う)ラクテックなどで輸液を開始する。
   ショック状態では、ショックの治療が最優先。
  3.必要に応じ、酸素投与、気道確保、胃管の挿入、導尿などを行いながら、手
   際よく原因疾患の診断をすすめる。
  4.急性腹症では、経時的変化をこまめに観察することが大切である。それを怠
   ると期を逸することになりかねないので、注意!
  5.急性腹症で以下に示す様な場合には、外科医にコンサルトする。
   a)ショック状態の場合
    b)腹膜刺激症状(圧痛(tenderness)・反跳圧痛(Blumberg's sign)・筋性 防
        御(muscule guarding))を認める場合
    c)高度のイレウス、術後イレウスの場合
 2)問診・鑑別診断(診察をしながら、また家族から聞くこともある)。
  1.発症の様式
   a)突然:穿孔、破裂、捻転、胆石、尿路結石、膵炎、腸間膜動脈血栓症
   b)徐々:腹膜炎などの炎症性疾患
  2.疼痛の性質
   a)内蔵痛(周期的な疝痛 colic):胃腸炎、イレウス、胆石など
   b)体性痛(持続的な激痛):腹膜炎が代表的
  3.誘因 
   a)酒や脂肪食:胆石、急性膵炎
   b)ストレス、鎮痛剤、ステロイドの内服:急性胃炎、胃十二指腸潰瘍
   c)刺身:アニサキス、急性腸炎
  4.腹痛の部位と経過
   a)限局性かびまん性か、経過とともに移動しないか。
   b)痛みの性質や部位の変化はないか、前医の治療の効果はどうか。
   c)疼痛の部位による鑑別診断のポイント
    1)心 窩 部:食道炎、急性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、膵炎、心筋梗塞
    2)右上腹部:胆石症、胆嚢炎、十二指腸潰瘍、急性肝炎、肝癌、肝膿瘍
    3)左上腹部:急性膵炎、脾梗塞、左側腎盂炎、肺炎、胸膜炎、心筋梗塞
    4)臍 周 囲:虫垂炎初期、急性腸炎
    5)右下腹部:虫垂炎、大腸憩室炎、子宮付属器炎、腸間膜リンパ節炎、右尿
          管結石
    6)左下腹部:大腸炎、S状結腸軸捻転、左尿管結石
    7)下 腹 部:膀胱炎、子宮外妊娠、子宮付属器炎、卵巣嚢腫茎捻転
    8)腹部全体:穿孔性腹膜炎、腸間膜動脈塞栓症、腹部大動脈瘤破裂、腸閉塞
  5.随伴症状:吐下血、血尿、悪心、嘔吐、便通と排ガスの異常、発熱、黄疸
   6.女性の場合は、不正性器出血の有無、妊娠の可能性、月経の状態を聞く。
  3)理学的検査
    1.触診:腹膜刺激症状の有無、圧痛の部位、範囲、強さ
  2.腸音聴診
   a)消失:麻痺性イレウス、腹膜炎、腸間膜動脈血栓症
    b)軽度亢進(運動亢進状態):胃腸炎、下痢、大腸炎
     c)高度亢進(metallic sound):機械的イレウス
  3.直腸診:圧痛・腫脹・硬結を認めれば、ダグラス窩膿瘍、外妊破裂、子宮付
      属器炎、腹腔内出血
 4)検査
  1.血液検査
     a)WBC:1万以上は炎症を疑う。老人や重症例では、WBCが上昇しない
        場合があるので注意!。
    b)RBC・Hb・Ht:RBC300万以下、Hb8.0以下、Ht30%以
    下なら出血を疑う。MCVが80以下なら慢性の出血、80以上なら急性
    の出血の可能性が高い。脱水を伴うと実際より高値となるので注意。
     c)ショック例など輸血の可能性のある場合は、血液型も忘れずに。
  2.生化学検査:TP、TBiL、GOT、GPT、LDH、ALP、アミラー
   ゼ、血糖、BUN、クレアチニン、電解質(Na・K・Cl)、CPK。
   3.血液ガス分析:重症例では必須。
  4.尿検査:必ず行うこと。意外と情報が多い。潜血、蛋白、糖、ケトン体。
    尿潜血(−)の尿路結石に注意!
   5.X線検査
   a)腹部単純写真:必ず立位及び臥位を撮る。立位が無理なら左側臥位で。
    1)free air像:穿孔の70〜80%に認められる。上部消化管穿孔では出
     現率が高いが、小腸や大腸の穿孔では低い。立位正面像にて横隔膜下に
     三日月状の透亮像として写る。少量の場合は胸部写真のほうがみやすい。
     患者を5分以上、立位または、側臥位にしてから撮ること。横隔膜下膿
     瘍やChiraiditi症候群の鑑別には、USや多方向からの撮影が有効。
    2)腹水:少量(500ml)ならUSが有効。
    3)鏡面像形成(niveau):イレウス
     腸管拡張の診断基準は小腸3cm以上、大腸6cm以上。
     絞扼性イレウスは、ガスが少なく、体位によりガスの形が変化しない。
    4)石灰化像:胆道系結石15〜20%陽性。尿路結石。膵石灰化。
   b)胸部単純写真:free air は胸部立位像で最もよく描出される。解離性大動
    脈瘤、自然気胸、胸水貯留、胸膜炎などにも注意する。
  6.腹部エコ−検査
   a)胆石、腹水、胆管拡張、尿路拡張の有無など。
   b)病歴から考えられる疾患を中心に鑑別するが、そのほかの疾患も見落とさな
    いように!
  7. 腹腔穿刺
   a)原則として、エコ−下で施行。
   b)血液:臓器破裂、外妊破裂、卵巣出血。
   c)血性:急性膵炎、絞扼性イレウス、癌性腹膜炎、悪性リンパ腫。
   d)膿性無臭:上部消化管穿孔。
    e)便臭:下部消化管穿孔。
   f)淡黄色:単純性イレウス、肝硬変
  8.ECG              
    AMIなどの心疾患で、腹部症状を主訴とする場合もあるので注意。
   9.必要に応じ、胸腹部CT、緊急内視鏡検査、DIP、消化管造影、腹部血管造
      影などを施行する。
  5)一般的処置
  1.ショック状態の場合:ショックの項(P5)参照。
   2.疼痛の治療:鎮痛剤などは診断が確定してから使用することが望ましい。特に、
      外科医にコンサルトする場合は、診察前にはできるだけ使用しない。
     a)内蔵痛に対して:ブスコパン1A 静注または筋注。
         禁忌:虚血性心疾患、前立腺肥大、緑内障、甲状腺機能亢進症
   b)体性痛に対して:インダシン坐薬 50mg(老人は25mgが無難)
   c)疼痛が高度の場合:ソセゴン 15mg筋注、レペタン 0.2mg筋注または
        ゆっくり静注。
   3.診断後はそれぞれの疾患に対する治療を行う(各論参照)。

B)各論
 1)急性虫垂炎
  1.症状
   a)疼痛部位が移動する(心窩部痛→臍部痛→右下腹部痛)。
   b)悪心・嘔吐を伴うことが多い。
   c)発熱は、広範な腹膜炎を起こしていない限りは38.5℃以下である。
  2.理学的所見
   a)右下腹部に圧痛を認める。圧痛点(McBurney・Lanzなど)は、虫垂の位置に
        より変わる。
   b)腹膜刺激症状。
  3.検査所見
   a)白血球:カタル性では1万/mm3以下のことが多く、蜂窩織炎・壊疽性の多
    くは1万/mm3以上となる。好中球増多、核左方移動。
   b)腹部単純X−P:小腸の限局性麻痺像、虫垂結石。
   c)腹部US:浮腫や膿瘍を伴う重症例にて虫垂の描出可能。
   d)積極的診断として、ガストログラフィン充満X線検査(豊原)も有用。 
  4.代表的所見の出現率(%)
    ------------------------------------------------------------
           発熱  defense   rebound  WBC上昇
    ------------------------------------------------------------
     カ タ ル 性  53   30    79     72
    ------------------------------------------------------------
    蜂窩織炎性   63   49     85      89
    ------------------------------------------------------------
     壊 疽 性     66   66     87      85
    ------------------------------------------------------------
   5.注意点
    a)高齢者では重症でも所見に乏しい場合があるので注意。
    b)幼少児では下痢を伴い急性胃腸炎、Lymphadenitisとの鑑別が困難な場合が
        ある。
      c)急性虫垂炎の主症状が、下痢のみという場合もあるので注意。
  6.治療:虫垂炎と診断したら、原則として外科医にコンサルトする。
   a)カタル性:保存的治療(抗生剤投与)
     タリビット    3〜6T/3×1   内服
     オーグメンチン  3〜4T/3〜4×1 内服
     セフメタゾン   2g   2回/日  点滴静注 
    (起因菌 Klebsiella、E.coli、Bacteroidesなど)
   b)蜂窩織炎性と壊疽性は手術
     WBC>10000/mm3、38℃以上、腹膜刺激症状(+)
     CRP強陽性など

    [MANTRELS Value] 
        Migration      1    Rebound pain        1  
       Anorexia           1   Elevation of temperature  1  
       Nausea-vomiting   1    Leukocytosis        2  
       Tenderness in RLQ  2    Shift to the left     1  
       ◎5−6:suspicious、7−8:probable、9−10:very probable 
 
 2)急性膵炎
   胆道疾患、アルコールなどにより膵実質細胞から活性化された消化酵素が間質
      内に逸脱して起こる膵の自己消化である。重症膵炎では、ショック、呼吸不全、
   腎不全、消化管出血、DICなどの合併症がみられ、致死率も80%以上と高
   い。本症においては、病因の分析と重症度判定を早期に適確に行い、治療方針
   を決定することが重要。
  1.臨床診断基準:a)を含む2項目以上を満たし、他の急性腹症が除外できるもの
   を急性膵炎と診断する。 
   a)上腹部に圧痛あるいは腹膜刺激症状を伴う急性腹痛発作がある。
   b)血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇がある。
   c)画像検査(US・CT)で膵に膵管の拡張、膵の腫大、液体貯留などの異
          常所見を認める。
  2.重症度判定:重症度により治療や予後が異なるため、重症度判定は重要。
   a)簡便法
    1)重 症:全身状態不良で、循環不全、呼吸不全、腎不全、腹膜刺激症状や
          麻痺性イレウスを認める。腹水(+)。
    2)中等症:全身状態は比較的良好。腹膜刺激症状や麻痺性イレウスは限局し
          ているか軽度。
    3)軽 症:全身状態良好。腹痛や軽い腹膜刺激症状は上腹部に限局。
   b)Ronson の分類:3項目未満を[mild]、3項目以上を[severe]とする。
    1)入院時:年齢≧55、白血球数≧16000、血糖≧200、
                  LDH≧350、GOT≧250。
    2)48時間後:Ht10%以上低下、BUN5以上上昇、Ca≦8、
                   PaO2≦60、BE≦−4、fluid sequest≧6000ml
  3.症状 
   a)初発症状:腹痛(90%)、悪心・嘔吐(30〜90%)、ショック
    (10〜30%)、黄疸(10〜25%)など。
   b)理学所見:心窩部・左または右季肋部の圧痛、筋性防御(20〜50%)、
    鼓腸(50〜80%)、腹水(20%)、胸水(8〜20%)。
  4.血液検査
   a)アミラ−ゼ:血清アミラーゼは12〜48時間でピークとなる。尿中アミラ
    ーゼは血清より遅れて上昇する。血清アミラーゼ値は必ずしも膵炎の重症度
    とは相関しない。アミラーゼ上昇時には、必ず分画も調べ、唾液腺疾患と鑑
    別する。十二指腸潰瘍穿孔、イレウス、急性胆嚢炎、汎発性腹膜炎などでも
    高アミラーゼ血症が見られるので注意。アミラーゼクレアチニンクリアラン
    ス比*が5%以上は急性膵炎を示唆する。
     *尿中アミラーゼ/血清アミラーゼ×血清クレアチニン/尿中クレアチニン×100
   b)重症膵炎患者の2/3で、血中Ca++が減少する。
  5.治療
   a)膵外分泌腺の安静
    1)絶飲食
    2)胃管挿入:軽症の場合は不要。イレウス症状が強い場合のみ減圧の目的で
     使用する。胃液の吸引による膵外分泌刺激の軽減効果はほとんど期待でき
     ないといわれている。
    3)H2ブロッカ−投与:胃液分泌を抑制し、膵に対する刺激を軽減する目的
     で使用されているが、効果がないとする報告が多い。
   b)抗酵素療法
    1)FOY(1V=100mg)400mg/日を2分割投与または持続静注。
     FOYは血中半減期が約1分と短いので、持続投与が望ましい。初日のみ
     600mgまで使用可。主にトリプシンを抑制。
    2)フサン(1V=10mg)10mgを5%ブドウ糖液500mlに溶解し、
     2時間以上かけて1日2回投与する。血中半減期は約10分で、トリプシ
     ン、ホスホリパーゼA2を抑制する。抗トリプシン作用はFOYの約100
     0倍といわれる。
    3)ミラクリッド(1V=5万単位、10万単位)1回5万単位、1日1〜3回
     2時間前後で点滴静注。トリプシン、エラスターゼ、リパーゼを抑制する。
     半減期は約40分と長い。
    4)ニコリン(1V=250、500mg)500〜1000mgを2回に分け
     て点滴静注。ホスホリパーゼA2を抑制する。FOYとの併用が推奨されて
     いる。
    注)FOYとフサンの併用は保険診療上不可。
   c)鎮痛:疼痛は激痛のことが多く、激痛は中枢を介して膵外分泌能を刺激し、悪
    影響をもたらすので疼痛のコントロールは重要な治療の1つ。しかし、安易な
    使用はイレウス症状を悪化させるので、注意。
    1)ブスコパン 1A(20mg) 筋注
    2)ソセゴン  15〜30mg  筋注
    3)レペタン  0.2mg/生食20ml ゆっくり静注    
    4)コントミン 40mg/日を持続点滴。自律神経遮断、膜安定化、活性酵素
     除去などの多彩な作用を有する。血圧低下に注意。
   d)輸液
    1)軽症例では末梢からの点滴で良い。急性期には脱水、電解質バランスの維持、
     ショックの是正のため、3000〜4000ml/日またはそれ以上必要と
     することが多い。軽症例をのぞき、中心静脈圧を測定しながら補液を調節す
     ることが望ましい。
    2)重症例では積極的に中心静脈栄養(膵外分泌を抑制する効果がある)を施行
     する。高張ブドウ糖液+アミノ酸液の通常の高カロリー輸液を20Kcal
     /kgより開始して、次第に増量する。
   e)合併症のない急性膵炎では抗生剤の予防投与は必要ない。しかし、発熱がみら
    れ、膵膿瘍の合併が疑わしい場合や、胆石の嵌頓による膵炎の場合は、ペント
    シリン、セフメタゾン、セフォビットなどの抗生剤を使用する。
   f)Ranson の重症度分類で[severe]の症例でも、すみやかに腹膜潅流を行うと早期
    の合併症の発生を未然に防げ、死亡率が低下するといわれている。
    入院後48時間以内のできるだけ早期に施行することが必要。潅流液としては
    ペリソリタにヘパリン5000単位/リットルと抗生剤を混合したものを用い、
    1回2リットルを30分で注入、90分で回収を2時間間隔で通常48〜96
    時間施行する。
   g)手術:最近は重症例でも内科的に治療することが多くなっているが、以下の場
    合は外科的治療の適応と考えられる。
    1)胆石の嵌頓による急性膵炎で、PTCDなどで改善しない場合。
    2)膵からの大出血を伴い、止血を要する場合。
    3)感染が合併して膵膿瘍がある場合(ドレナージを目的として)。
    4)痛みが内科的にどうしてもコントロールできない場合。

 3)急性胃病変(AGL)、急性胃粘膜病変(AGML)
  1.急激に発症する心窩部痛、悪心、嘔吐、吐血、下血などを主要症状とする疾患で、
   緊急あるいは早期内視鏡検査により診断される。原因を取り除くことにより臨床
   症状、内視鏡所見共にすみやかに改善することが特徴で、決して再発を見ない点
   は消化性潰瘍と異なる。
  2.誘因としては、精神的および肉体的ストレス(過労・暴飲暴食・不規則な生活・
   生活環境の変化)、薬物(非ステロイド系消炎鎮痛剤・ステロイド)、飲食物(
   アルコール・寿司・しめさば)などがあげられる。
  3.内視鏡的には、急性胃炎、急性出血性胃炎、急性出血性びらん性胃炎、胃アニサ
   キス症、急性胃潰瘍などに分類されているが、どの時点で検査を施行したかによ
   り診断が変化することもある。
  4.治療
   a)全身管理と誘因の除去をはかりながら、消化性潰瘍に対する治療を行う。
    b)出血に対する治療(消化管出血の項参照)
    1)局所性の出血に対しては、内視鏡的止血を試みる。びまん性出血の場合は、
         トロンビンやボスミンの直接散布で止血をはかる。
    2)内視鏡的止血後は、H2ブロッカーやセクレチンの点滴静注、アルロイドG、
         マーロックスなどを投与し、止血を確実なものとする。
       3)内視鏡的止血を2〜3回繰り返し、止血できないときは外科的治療の適応と
          考える。
     c)一般的薬物療法
        1)H2ブロッカー、制酸剤、抗コリン剤、局所麻酔剤、抗ペプシン剤、抗ガス
          トリン剤、選択的ムスカリン受容体拮抗剤、粘膜保護剤などをいくつか組み
          合わせて使用する(各薬剤の特徴と使用法は消化性潰瘍の治療の項参照)。
    2)薬剤に起因する場合には粘膜保護剤の投与を中心に、ストレスの場合はトラ
          ンキライザーを使用するなど患者の年齢、疾患の重症度、誘因などにより使
          用薬剤を適宜選択することが大切であるが、急性胃病変では誘因さえ除去す
          れば、ほとんど食事療法と生活指導のみで治癒すると言われており、いたず
          らに長期間薬物療法を続けるべきではない。

 4)急性胆嚢炎:原因には諸説があるが、90%以上に胆石の合併がみられ、胆石嵌
      頓による胆嚢管閉塞により胆汁うっ滞、胆嚢圧上昇をきたし、胆嚢壁の血流障害、
      胆汁酸などの化学的刺激に感染が加わって発症することが多い。進行すると、胆
      嚢周囲膿瘍、胆嚢壊死、穿孔、胆汁性腹膜炎などを併発して重症となる。 
  1.症状
   a)右季肋部、心窩部の持続性自発痛および圧痛。
   b)時に右肩、右背部に放散し、悪心・嘔吐を伴うこともある。
      c)通常、38℃以上の発熱を伴う。
   d)黄疸は、胆管炎の合併がなければ認められないことが多い。
  2.検査所見
   a)白血球増加(通常10000/mm3以上)
   b)炎症徴候(CRP上昇・血沈亢進・白血球分画で核の左方移動など)
   c)胆管系酵素の上昇は参考になるが、上昇しない場合もある。
  3.診断:腹部超音波検査が有用。胆石、胆泥(debris、sludge)、胆嚢壁の浮腫 
      (Sonolucent layer)、胆嚢腫大、超音波probeによる胆嚢壁の圧痛所見(Sonogra-
      phic Murphy sign)などの所見を認める。
  4.治療
   a)安静臥床。絶食とし、輸液を開始する。
   b)必要に応じ、鎮痙剤、鎮痛剤を使用する。
   c)抗生物質は大腸菌や肺炎桿菌などのグラム陰性桿菌に対し抗菌力を有し、胆汁
        移行のよいものを使用する(P186参照)。
   d)重症例では経皮経肝胆嚢ドレナ−ジ(PTGBD:percutaneous transhepatic
        gallbladder drainage)を施行する。急性無石胆嚢炎の場合には、抗生剤など
        の保存的療法は無効のことが多く、重篤となりやすいので早期にPTGBDを
    考慮する。
   e)胆嚢壊死、穿孔、胆嚢周囲膿瘍、胆汁性腹膜炎などは、緊急手術の適応となる。

 5)急性胆管炎:胆管の狭窄あるいは閉塞により、胆汁の流出障害がある場合に、主
   として腸管から逆行した細菌感染が加わって起こる胆管の急性炎症。
   誘因として胆管胆石症、胆道腫瘍、瘢痕性胆道狭窄、胆管消化管吻合部狭窄、胆
   管消化管瘻などがあげられる。軽症の急性胆管炎から胆道系の内圧上昇により細
   菌や毒素がジヌソイドを介して血中に逆流し、エンドトキシンショックをきたす
   重症の急性閉塞性化膿性胆管炎(AOSC)まで、臨床所見や病態は様々である。
  1.診断
   a)Charcotの三徴
    1)悪寒戦慄を伴う発熱、2)上腹部痛、3)黄疸
   b)Reynoldsの五徴(AOSCのときに見られることが多い)。
    1-3)Charcotの三徴、4)意識障害、5)敗血症性ショック   
   c)検査所見:白血球増加、左方移動、炎症徴候(CRP陽性・血沈亢進)、ビリ
    ルビン、トランスアミナーゼ、ALPの上昇など。
  2.治療
    a)軽症の場合には、急性胆嚢炎に準じ、抗生剤の投与で経過をみることもあるが、
     ビリルビンの上昇と炎症徴候を有し、胆管拡張を認めた場合は、原則として胆
        道ドレナージを施行する。
      b)胆道減圧法:いずれの方法も専門医に依頼する。
    1)経皮経肝胆管ドレナージ法(PTCD)
    2)内視鏡的胆管ドレナージ法
     イ)EBD(endoscopic biliary drainage)
     ロ)ENBD(endoscopic nasobiliary drainage)
   c)抗生剤の投与:急性胆嚢炎の場合と同様であるが、胆管内圧が上昇していると
        胆汁中への移行が不良で、有効濃度に達しない場合が多い。上記の胆道ドレナ
        ージと併用することが必要。
   d)AOSCでは、ショックのほか種々の臓器の障害が併発するため、急性腎不全、
        消化管出血、DICなどに注意し、全身管理を行う必要がある。

  6)イレウス(腸閉塞):腸管の拡張とこれに起因する循環障害、脱水、電解質バラ
      ンスの異常を病態の主体とする疾患
  1.機械的イレウス
   a)単純性(閉塞性)イレウス:消化管術後に多い。virgin abdomen では、ヘルニ
        アおよび腫瘍(特に大腸)が原因として頻度が高い。保存的治療にて約90%
        は治癒する。
    1)胃管またはイレウス管を挿入し減圧をはかる(通常低圧持続吸引10〜15
          cmH2O)。いずれを用いても差がないという報告が多い。
    2)充分な補液2500〜3500ml/日
     イ)幽門狭窄ではCl喪失が主体で、アルカロ−シスとなるので、生食を中心
            に投与する。
     ロ)小腸閉塞:Na喪失が主体で、アシド−シスに傾く。生食を基本とし、K
            Clを病態に応じ補給する。
    3)鎮痛に対してはブスコパン、レペタン、ソセゴンなどを使用する。
    4)糞塊イレウスには、用手摘便、浣腸などを行う。
    5)臨床症状の悪化があれば常に手術を考慮する(絞扼性イレウスへの移行、腹
          痛の増強、腹膜刺激症状の出現・増悪など)。
    6)軽症例では抗生剤の投与は不要であるが、重症例にはグラム陰性桿菌を対象
          に第二世代セフェム剤などを投与する。
   b)複雑性(絞扼性)イレウス:腸管の血流障害を伴うもの
    1)主な原因は、癒着、外ヘルニア、S状結腸および盲腸軸捻転、腸間膜動・静
          脈閉塞である。
    2)絞扼性イレウスを確実に診断する方法はないが、持続痛、強い局在性の圧痛、
          腹膜刺激症状、圧痛のある腫瘤触知、腸雑音の消失、発熱、頻脈、白血球増
          加などを参考にする。
    3)原則として緊急手術の適応である。
  2.機能的イレウス
   a)麻痺性イレウス
    1)原則として、保存的に治療する。
          イ)原因疾患の治療
     ロ)減圧療法、脱水の管理(閉塞性イレウスと同じ)
     ハ)メンタ湿布(腸管蠕動亢進に有効)
     ニ)中心静脈栄養
    2)腸管蠕動を積極的に高める治療
     イ)PGF2α(プロスタルモンF 1A=1mg):0.3〜0.5μg/kg
            /分で持続点滴。
     ロ)臭化ネオスティグミン(ワゴスティグミン1A=0.5mg)1Aを生食
           100mlに混注し、30〜60分で点滴静注、1日2〜3回。
       3)腹膜刺激症状を有する麻痺性イレウスでは、穿孔性イレウスの可能性も考慮し、
          外科医にコンサルトすること。

 7)婦人科疾患
  1.下腹部痛と性器出血を主訴とする婦人が来院したとき
   a)妊娠(+):流産、子宮外妊娠破裂、胞状奇胎
   b)妊娠(−):卵巣腫瘍、卵巣腫瘍や子宮筋腫の茎捻転、付属器炎
  2.女性の患者を診る場合は、常に妊娠を考慮にいれる(尿ゴナビスを!)。
  3.病歴、理学的所見、検査所見、USを中心に鑑別診断を行い、婦人科的疾患と思
      われる場合には、専門医に紹介する。

 8)泌尿器科疾患
  1.尿路感染症
   a)膀胱炎
    1)診断:通常排尿痛、下腹部不快感、量の少ない頻尿を認める。発熱、筋硬直
          などの全身症状はないことが多い。膿尿、血尿が見られることもある。尿沈
          渣で、白血球増加があれば可能性が高まる。原則として抗生剤投与前に尿の
          細菌検査(塗抹・培養)と感受性検査を施行する。
    2)治療:抗生剤(オーグメンチン・ウイントマイロン・タリビットなど)を投
         与する。また水分を多めに取るように指導する。
     b)腎盂腎炎
    1)特徴:腎の間質にまでおよぶ急性炎症であり、しばしば菌血症の原因となる。
    2)症状:急性の腰痛、高熱、筋硬直、頭痛、悪心、嘔吐、ときに下痢。
     女性に多く、膀胱炎に引き続き起こるものが多い。悪寒と発熱のみのことも
          あり注意が必要。
    3)診断:病歴、症状、叩打痛、新鮮尿で細菌の証明。
    4)治療:
     イ)原則として入院加療が必要。
     ロ)輸液、抗生物質の投与(原則としてDIV)を行う。
     ハ)ショック例では、スワンガンツカテーテルによる管理が必要。
     ニ)急性尿路感染症の大部分(約90%)は大腸菌。第二世代以降のセフェム
            系抗生剤を用い、感受性検査の結果で必要があれば変更する。
   c)尿路結石症
    1)診断
     イ)片側性の側腹部痛のことが多いが、背部痛や腹痛のこともある。
     ロ)悪心、嘔吐、陰部への放散痛が見られることもある。
         ハ)尿所見は重要で、肉眼的血尿や潜血が認められることが多い。
     ニ)腹部単純X−Pで尿管の走行部に石灰化像が認められる(約10%はX線
            透過性)
     ホ)DIPにより診断を確定する。
    2)検査
     イ)血液検査:血算、BUN、Cre、血糖、電解質、Ca、尿酸
     ロ)尿検査:尿一般、発熱例では尿培養
     ハ)X−P:単純(立位・臥位)、DIP
       ニ)結石分析:結石が排泄された場合は必ずその成分を分析する。
    3)治療
     イ)鎮痛剤の投与:ブスコパン、ソセゴン、レペタンなど
     ロ)水負荷:ラクテック500×2にラシックスで利尿をはかる。
         ハ)発熱があり、感染が合併しているときは、抗生物質を使用する。
      ASPC 2g×2、CEZ 2g×2 など
     ニ)結石が1cmより大きい場合は内科的治療では石の排泄は不可能なことが
            多いので泌尿器科にコンサルトする。

 9)腹部大動脈瘤
   1.診断
    a)腹部大動脈瘤の大部分は、直径が4cmになるまでは無症状。
    b)背部へ放散する腹部中央から下腹部にかけての腹痛で始まることが多く、背
          部痛のみのこともある。
        c)拍動性・緊満性の腫瘤が腹部正中に触れることが多い。
        d)通常触知可能な四肢の動脈の触知の有無、強弱に注意する。
   2.検査   
        a)通常の血液検査を行う。動脈瘤破裂でショック例でも血算の値はすぐには変
          化しないこともあるので注意する。
        b)腹部CT、動脈造影で診断を確定する。
   3.治療
    a)破裂・切迫破裂例以外は血圧のコントロールを中心に、急性期は原則として
          保存的に加療する。
    b)原則として、胸部外科医にコンサルトする。


  ・参考文献
     1.救急外来マニュアル MEDSI 1986
     2.救急辞典 綜合臨床臨時増刊  永井書店 1986
     3.清野誠一ほか:救急医療ハンドブック 第2版 南江堂 1985  
    4.木本邦彦ほか:急性胃病変  現代医療 21:2037 1989 現代医療社
     5.救命救急の実際  診断と治療  Vol.77 No.10 1989 診断と治療社


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[DIP(drip infusion pyelography)]

   1.概説:造影剤が腎より排泄されることを利用して、腎の排泄能、腎盂尿路系の形態
      異常を診断する検査。
   2.禁忌:ヨード過敏症、高度の腎機能障害(血清クレアチニン≧3mg/dl)、多
   発性骨髄腫、インスリン依存性糖尿病など。
   3.方法
   a)救急外来で施行する場合は、前処置が行えず腸管ガス像が多いため、造影性が良好
    なイオパミロン300などを使用する。
   b)造影剤の投与はなるべく太い針を使用し、10分位で急速に投与する。
    c)通常、点滴前・5分・15分・20分・20分立位・排尿後の6枚を撮影する。
   4.所見の見方
   a)単純撮影:腎臓の形や大きさ、尿路結石、腸管内のガス、石灰化像、消化管検査の
       バリウムの残存などを見る。
     b)5分後の造影:ネフログラム相がみられ、腎臓の形、大きさ、実質内病変の存在、
       性状などをみる。また左右の腎の造影濃度を比較することにより分腎機能の評価が
       できる。通常腎盂腎杯、尿管とわずかながら膀胱も造影される。
     d)15分・20分後の造影:尿管、膀胱がさらによく造影される。尿管の全長にわた
       り異常の有無を検討する。
   e)立位:腎下垂の程度を見るために行う。
   f)排尿後の撮影:尿管口付近の結石や、膀胱憩室、残尿量を見る。
    5.正常像:腎は通常第11胸椎から第3腰椎のレベルに存在し、成人では左がわずか
      に(1〜2cm)高い位置にある。腎の長さは10〜12cm(第2椎体の高さの
      3.7倍)、幅は5〜6cmで、通常右腎は左腎よりも3〜5cm短く、X線写真
     上では2cmまでの差は正常とされる。立位による腎の下垂は約1〜1.5椎体(5
     cm)までのことが多い。

 
 ・参考文献
   1.大澤 忠ほか:新臨床X線診断学  医学書院 1984
   2.レジデント初期研修マニュアル 医学書院 1989

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