【慢性呼吸不全の急性増悪】

A)ポイント
 1)慢性呼吸不全は、COPD、結核後遺症、神経筋疾患など慢性不可逆性の
   疾患による血液ガス異常や肺性心に対し、生体がかろうじてバランスを保
   っている状態といえる。
 2)急性増悪とは、呼吸器感染症、過労などの右心負荷、続発性気胸、睡眠薬
   不適切なO2吸入、原疾患の急性進展などにより、このバランスに破綻を
   生じ、生命の危機、呼吸困難、意識レベルの低下などを中心とした急激な
   症状の悪化をきたす状態を言う。
 3)治療の目的は、誘因の除去などにより、再び元の微妙なバランス状態を取
   り戻すことにつきる。
 4)慢性呼吸不全においては、低酸素血症が呼吸の刺激因子となっている。こ
   のため高濃度の酸素投与は換気刺激を消失させ、PaCO2 を上昇させる
   ので注意が必要。
 5)生体にとり低酸素血症による障害は、高炭酸ガス血症による障害より致死
   的である。低酸素血症は、心不全、腎不全、消化管出血など他臓器の障害
   を引き起こし、悪循環を形成する危険があるので、酸素投与を必要以上に
   躊躇する事なく、以下の点に注意して早期に低酸素血症を改善することが
   大切である。

B)治療(急性呼吸不全と比較し、特に注意すべき点について)
 1)誘因の解明と対策
  1.気道、肺感染症の合併が増悪の誘因として最も重要。痰の培養を行い、結
   果がでるまでとりあえず、肺炎球菌、インフルエンザ菌を対象に抗生物質
   の投与を行う。
  2.浮腫、頚静脈の怒張、頻脈、肝腫大、心陰影の拡大などが認められるとき
   は、右心不全の関与を考慮。必要に応じ利尿剤、キサンチン製剤、ジギタ
   リス、血管拡張剤などを投与する。
  3.続発性気胸はその可能性を念頭におけば、胸部X線により診断は容易。緊
   急の脱気、ドレナージを行う。
 2)酸素療法
  1.PaO2=55〜60mmHg、SaO2=85%以上を目標に酸素を投与
   する。PaCO2≧50mmHgの症例には、Controlled low concentra- 
   tion oxygen therapyを行う。
  2.肺線維症、間質性肺炎などの急性増悪は、AaDO2の著明な開大による
   重篤な低酸素血症と、過換気によるPaCO2の低下を特徴とするので、
   むしろ高濃度酸素療法を行う。
  3.Controlled low concentration oxygen therapy
   a)ベンチュリーマスクを用いる場合は24〜28%、鼻腔カニューレの場
    合は0.5/分から始め、血液ガスを測定しながら必要酸素レベルを決 
    定する。
   b)急激な酸素濃度の上昇により、換気量の低下、呼吸性アシドーシスの進
    展(CO2ナルコーシス)を不用意に招かないよう慎重に行う。
  4.PaCO2≧45mmHgの場合は、PaO2を50mmHgに保てれば、
   組織の酸素需要はほぼ満たされていると言われている。
 3)非侵襲的気道確保
  1.去痰剤:ビソルボン、ムコソルバンなど
  2.気管支拡張剤(β2刺激剤):メプチン、ベネトリンなど
  3.キサンチン誘導体:アミノフィリン、テオドールなど
  4.呼吸促進剤:ドプラム(400mg/200ml)
   0.5〜2mg/kg/hrで使用する。血圧上昇、精神症状の誘発、気管
   支攣縮などの副作用があるため、pH>7.30、BE>0mEq/l、 
    PaCO2<90mmHg、意識レベル<2−30などの前提条件を満たす
   例に限り使用し、血液ガスを頻回にチェックし、数時間後に有用性を判定
   する。
  5.少量のステロイド(末梢気道の粘膜浮腫の軽減?)
  6.気道内分泌物粘稠度低下を目的とした水分補給
  7.IPPBを併用するネブライゼーション
  8.体位ドレナージ、胸壁タッピングなどの理学的療法
 4)人工換気
  1.気道確保
   a)High volume-low pressure cuff tube による経鼻挿管を第一選択とする。
   b)盲目的経鼻挿管が最も安全であるが、けっして無理をしてはいけない。
   c)セルシン、ソセゴンなどを前投薬として使用する場合は、アンビューマ
    スクによる用手換気補助により、換気抑制に対応する。
   d)筋弛緩剤は非脱分極性のミオブロックを使用(サクシニルコリンは禁忌)
  2.人工呼吸のコツ
   a)急激なCO2の減少は、循環虚脱や危険な痙攣を招くことがあるので、 
    PaCO2の是正はpHを7.45以上にしないレベルにとどめる。
   b)PaCO2は40torrといった「正常値」をめざすのではなく、患者本来
    の値に向かってゆっくりと下げていくようにする。
   c)PaCO2の補正のしすぎやレスピレータへの依存を防ぐために、pH>
    7.30となり、PaCO2の1torr毎のpHの低下幅が0.003に近づ
    いた時点で、IMVに切り替える。
   d)KClの投与を早めに行う(PaCO2の低下によるアルカローシスのた
    め、K+が細胞内へ移動し低K血症をきたすため)。
   e)一般的には、肺内ガス不均一分布や粘性および弾性抵抗が高くなっている
    ので、ゆっくりした大きな換気設定が好ましい。
    1)0.5秒程度のEIP(end inspiratory pause)
    2)吸気・呼気時間比を1:2〜3と呼気を長めに設定する。
    3)PEEPはあまり有効でないばかりか、心拍出量の低下や気胸の危険
     も大きいのでできるだけ使用しない。
  3.適応
   a)酸素投与にもかかわらず、PaO2 <50 torr
   b)PaCO2>70 torr、意識障害(+)または去痰不能
   c)pH<7.20、呼吸数>40回/分
   d)意識レベルの低下による嚥下反射・咳反射の消失
  4.注意
   a)患者の人工換気に対する依存が出現し易いので、急性増悪の原因の除去
    に努力し、計画性を持って積極的に離脱を計る。
   b)ウィーニングは、単に人工呼吸器からの離脱を意味するのではなく、ベ
    ットさらには病院からの離脱を目指す。ときには食事摂取・ベット上や
    車椅子での運動を行いながら進めていくなどの工夫や積極性も必要。
 
・参考文献
  急性呼吸不全の項参照 

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