【ショック】

  A)総論

  1)定義:血圧低下により末梢循環が著しく障害され、その結果、末梢組織の代謝が
       損われた状態。現在の血圧低下が末梢循環不全、重要臓器の代謝障害を引き起こ
       しているか、なんらかの緊急処置を必要としているかの判断が重要。
       また、ショックは放置しておくと代謝面の悪循環の結果、不可逆性の臓器障害を
       引き起こすので、できるだけ早く病態を把握し、適切な治療を行うことが必要。

  2)分類
   1.神経原性ショック(neurogenic shock、primary shock)
   2.循環血液量減少性ショック(hypovolemic shock)
   3.アナフィラキシーショック(anaphylaxy shock)
   4.敗血症性ショック(septic shock)
   5.心原性ショック(cardiogenic shock)
   6.その他のショック
  3)症状:(5P)
   1.蒼白(pallor)            6.血圧低下(収縮期圧90-100以下)
   2.虚脱(prostration)         7.脈圧減少
   3.冷汗(perspiration)         8.表在性静脈虚脱
   4.脈拍触知不能(pulselessness)    9.呼吸促拍
   5.呼吸不全(pulmonary deficiency) 10.乏尿(25ml/hr以下)

   [参考]米国MIRUの診断基準 
     1.収縮期圧<90mmHg、または通常の血圧より30mmHg以上低下
      2.臓器循環障害(尿量<20ml、意識障害、末梢血管収縮)
      ただし、迷走神経反射・不整脈などによる低血圧を除く

B)各論

 1)神経原性ショック
  1.病態生理:疼痛などの何らかの引金(trigger)による血管迷走神経反射
   (Vaso-vagal reflex)の結果、徐脈・心収縮力の低下に起因する心拍出量の低下
   および末梢血管拡張による血圧低下が起こる。
  2.症状の特徴
   a)比較的急激に発症
   b)徐脈、血圧低下、時に意識消失が主症状。
   c)不安や疼痛が誘因となり、それが明らかなことが多い。
   d)末梢は暖かく、全身状態が血圧低下の割に良好。
  3.診断
   a)検査中などに起こり易い。
   b)徐脈と四肢の温感がかなり特徴的。
   c)全身状態が良好なことも1つの根拠となる。
  4.治療
   a)多くの場合、頭を低くして衣服をゆるめ、しばらく観察するのみで改善する。
   b)上記にて改善が見られないときは、ラクテックにて血管確保を行い、硫酸アトロ
    ピン1A(0.5mg)静注。
   c)更に改善が見られないときは、エホチ−ル1A/生食20mlを1/5ずつ繰り
    返し静注する。
   d)ショックが遷延するときは、上記の処置を行いながら、他のショックの可能性も
    考え、原因の検索を行う。
   e)必要に応じ、循環血液量減少性ショックに準じた治療を施行する。
 2)循環血液量減少性ショック
  1.病態生理:種々の原因により循環血液量の減少が起こり、末梢血管の虚脱が生じ血
   圧の低下をきたす。この結果、下記の全身性の反応が起こる。原因として、出血
  (血球の減少を伴うもの)と脱水(細胞外液のみの減少)の2つがあげられる。
   a)交感神経の緊張亢進:頻脈、冷汗、蒼白
   b)末梢循環不全による組織の虚血(anoxia):アシドーシス
   c)血管内凝固
      d)過換気、急性肺水腫
      e)心筋虚血、心筋収縮性低下(MDFなどによる)
      f)急性腎不全
    2.原因疾患
      a)比較的急性の出血をきたす疾患
      1)各種外傷
       2)心大血管からの出血:大動脈瘤破裂、心破裂
       3)喀血をきたす疾患:気管支拡張症、肺結核、肺癌、気管支炎、肺梗塞、僧帽弁狭
         窄、肺炎、動静脈瘻、Goodpasture 症候群
       4)上部消化管出血:胃十二指腸潰瘍、出血性胃炎、胃癌、食道炎、食道静脈瘤破裂、
          Mallory-Weiss 症候群
       5)下部消化管出血:大腸癌、痔核、出血性大腸炎、大腸ポリープ、虚血性腸炎、潰
         瘍性大腸炎、憩室炎、腹腔内出血、肝腫瘍、脾破裂
      b)脱水をきたす疾患
       1)不感蒸泄の増加:各種発熱性疾患(補液が不適当な場合が多い)
       2)尿よりの体液の喪失:急性腎不全利尿期、利尿剤使用時、糖尿病性昏睡、尿崩症
       3)消化管よりの体液喪失:嘔吐をきたす全ての疾患、下痢をきたす全ての疾患(特
         にコレラ)
       4)その他:腸閉塞(嘔吐に加え、third spaceに大量の細胞外液が移行),急性膵炎
        (脱水と末梢血管拡張)
       5)医原性:医師が考えていたよりも体液喪失が著しかったとき。これは如何なる疾
         患でも起こりうる!
     3.症状・徴候
   a)循環血液量減少による直接症状と反射性の交感神経緊張による症状:血圧低下、
        頻脈、四肢冷感、皮膚の緊張(turgor)の低下、舌の乾燥
      b)呼吸器系(出現頻度は低い):初期は過換気。肺水腫になると、呼吸困難、起坐呼
        吸、喘鳴、泡沫様喀痰など
      c)循環器系:血圧低下、頻脈
      d)中枢神経系:無欲、無関心、意識喪失
     4.診断
      a)原因疾患がはっきりしている時(特に出血)は診断は容易。
      b)他のショックとの鑑別が困難なときには、
       1)中心静脈圧の測定(できればスワンガンツカテーテルにてPCWPを)
       2)これを行う余裕のないときは動脈圧をモニターしながら250ml〜1000ml
         の血漿代用剤(ヘスパンダーまたはプラズマネートカッター)の急速注入。必要な
         らパンピングを行い、反応を見る。
   c)血液検査上は、
    1)出血の時は、貧血と低蛋白血症(出血初期には貧血は軽度)。
    2)脱水の時は、逆に血液濃縮の所見が見られる。
      d)重症度の把握
    *ショック指数=脈拍数/血圧
             ショック指数   循環血液量の減少
                  0.5            なし
                  1.0      23%
                  1.5      33%
                  2.0      43% 
   5.治療(図1:P12参照)
   a)出血の場合
    1)出血性ショックと診断したら、濃赤10〜20単位の交差試験を依頼。
        2)出血源の確認、止血。
     これが根治療法であるが、いつも第一番に行うべき処置ではない!
    3)まずは補液。心電図、血圧、CVPをモニターしながら、ラクテック1000〜
          1500mlおよびプラズマネートカッター1000〜2000mlを急速に点
          滴静注。
    4)輸液、輸血の指標
     イ)血圧:100mmHg以上
     ロ)脈圧:30mmHg以上
     ハ)CVP:3〜10cmH2O
     ニ)尿量:30ml/hr以上
    5)上記にて落ち着いたら、再度採血し、濃赤2〜4単位を1単位/時間程度の速度
          にて補充し、翌日の採血にてさらに輸血量を決定する。
        6)上記補液にても血圧の上昇が得られないときは、カテコールアミンの投与、止血、
          循環血液量の急速補正が必要になる。具体的には、
           1.エホチール1A/生食20mlを1/5Aづつ静注。有効なときはこれを繰り
       返して時間を稼ぎながらBへ。総量で1A投与しても無効なときには 2.へ。
      2.ノルアドレナリン1A/生食20mlを1/5Aづつ静注。これを繰り返して
            時間を稼ぎながらBへ。
      3.DOA+DOB、各々5〜15μg/kg/分。これで血圧の維持ができない
            ときは 4.へ。
      4.ノルアドレナリン5A/生食100ml、6〜120ml/時間(0.1〜2
      μg/kg/分)
      5.以上のようなカテコールアミンによる昇圧を試みる一方、
           イ)出血源の確認と止血を試みる。
      ロ)新鮮血(または保存血または濃赤とカッターを1:1の比率で)をパンピン
              グする。血圧上昇がみられるまで継続する。この際、ヘスパンダーの注入を
              併用してもいい。
      ハ)大量出血では、凝固因子も同時に失われているので、新鮮血が手に入らない
              ときは、新鮮凍結血漿(FFP)5〜10単位を併用。
      ニ)大量輸血(1000mlが目安)を行った際には、クエン酸中毒(低カルシウ
             ム血症)に注意する。塩化カルシウム1Aを5分以上かけてゆっくり投与する。
       b)脱水の時
    1)まず、電解質をチェックする。
        2)喪失した体液組成に近い補液が原則。CVP(またはPCWP)を見ながら補液
          を行う(脱水症の項を参照)。

 3)アナフィラキシーショック
    1.病態生理:T型アレルギー(即時型アレルギー反応)による。従って、なんらかの抗
      原刺激が先行するが、最も頻度の高いものは薬剤で、希に食物、虫によるものなどが
      みられる。ヒスタミンなどのケミカルメディエーターの作用により、気管支平滑筋攣
      縮、血管平滑筋拡張、毛細血管透過性亢進がおこり、種々の症状を発現する。
   2.臨床症状:多くの場合、抗原暴露より1〜30分以内に以下のような症状が様々な組
      合せで出現する(造影剤などは、注入後数10分を経過してショックになることもあ
      るので注意!)。
      a)蕁麻疹様皮疹
      b)気管支喘息様症状:重篤な場合は、声門浮腫、喉頭痙攣、呼吸停止。
      c)血圧低下:重篤な場合は心室細動、心停止。
      d)痙攣
    3.治療:軽症の場合、蕁麻疹のみですむことが多いが、ここでは重症の場合の対応法に
      ついて述べる。
   a)まず、ボスミン(血圧低下時の第一選択)0.2〜0.5mg皮下注。
    症状の改善程度に応じて、15〜20分毎に繰り返す。
   b)必要に応じて気道確保、人工呼吸、心マッサージなどを行いつつ、血管を確保する
       (喉頭痙攣の時は、輪状甲状軟骨間膜穿刺、緊急気管切開を要することがある)。
      c)抗ヒスタミン剤:クロルトリメトン1Aゆっくり静注
      d)ステロイド:ハイドロコルチゾン200〜500mg静注
    注:c)d)は病態のより原因に近い部分を改善するが、効果発現までに時間がかかる
       (特にステロイド)。
     4.アナフィラキシーショックを起こす頻度の高い薬剤
    抗生物質(特にβラクタム剤)、キシロカイン、造影剤、抗不整脈剤(クラス1a)、
    強ミノC、ステロイド、抗血清、バルビタールなど。
    薬剤はすべて、ショックを起こす可能性があることを記憶すべし!
 4)敗血症性ショック
     1.病態:主としてグラム陰性桿菌のエンドトキシンにより、補体、キニン、凝固系など
       の活性化が起こり、初期には hyperdynamic state と著明な末梢血管抵抗低下で特徴
       づけられる特有の病像を示す。末期には、低心拍出の心原性ショックと区別できない
       状態となる。
                            
                   →      凝固系の活性化→DIC→急性腎不全
                  ↓
     敗血症   →   キニン系の活性化→末梢血管拡張→血管抵抗低下
                                                   ↓            ↓
           →    発  熱    →       高心伯出  →  Hyperdynamic state             


    a)高心拍出状態にもかかわらず、心筋収縮力は増加していないことが多い。
    b)カテコールアミンを使用しても末梢潅流圧の維持が困難な時は、高心拍出状態の可
         能性を考慮する。
    c)高心拍出状態にもかかわらず、組織の代謝障害は進行性である。従って、敗血症性
     ショックの場合は、末梢組織の代謝異常(エンドトキシンによ る末梢組織の酸素
         利用低下)が一義的な現象で、高心拍出は生体の代償 機構なのかも知れない。
       d)低心拍出状態は末期の状態で、死亡数時間前に見られることが多い。
      2.臨床症状
       a)高心拍出状態(初期症状)
    1)悪寒戦慄、発熱、暖かく湿った皮膚、チアノーゼ、精神錯乱などが特徴的。
    2)循環動態は、心拍出量の増加と末梢血管抵抗の低下がみられる(CI=4〜5/分
          程度、TPR≦700のことが多い)。
       b)低心拍出状態(末期症状)
    1)冷たい湿った皮膚、乏尿、チアノーゼなど重症心原性ショックの症状と同じ。
    2)CVP(PCWP)は上昇、心拍出量は低下、末梢血管抵抗は上昇する。この状態
          になった時は、数時間内外で死の転帰をとることが多い。
      3.診断
    a)困難なことも少なくなく、ショックの鑑別時に本症を考慮することが重要である。
    b)高心拍出状態の時は、全身状態がそれほど悪く見えないこともあるので注意。
    c)発熱を伴い、一見、末梢循環良好に見える血圧低下で、下記の症状や所見がみられる
         ときは敗血症性ショックを考えて対処する。
       1)compromised hostである。基礎疾患、治療(特にステロイド)、血管内留置カテ
            ーテル、気管切開、術後などの状態に注意。
      2)尿量の減少が見られる。
         3)DICの徴候が見られる。
         4)アシドーシスが進行している。
         5)多臓器不全の徴候が見られる。
         6)発熱が持続しているのに、白血球数の減少が見られる。
         7)明らかに感染巣が存在する(膿瘍など)。
       4.治療1(主として hyperdynamic state の時の治療)
        a)原疾患(感染)の治療
          1)適切な抗生剤の選択が最重要!。
          2)予想される起炎菌を必ず念頭において治療にあたる。
          3)外科的処置にて感染巣の治療が可能なものは積極的に行う。
        b)循環管理
      1)スワンガンツカテーテルは著しい出血傾向がない場合は必ず挿入する。
      2)補液:hyperdynamic stateの維持
        イ)PCWP=10mmHgを指標にして補液を行う。
             ロ)乳酸アシドーシスがある時は、乳酸の入った補液は避ける。
            ハ)電解質輸液だけでなく、適宜、アルブミン、新鮮凍結血漿などを病態に応じて
               投与する(末梢の血管透過性亢進はほぼ必発)。
      C)カテコールアミン
          1)収縮期血圧80mmHg以上を目標とする。
          2)第一選択はDOA、DOB(各々20μg/kg/分まで)。
           しかし、高心拍出状態では上記が無効なことが多く、どうしてもノルアドレナリン
          (NA)を使用することになる。
       d)ショックの悪循環の改善に試みられる治療
         1)ステロイド:無効とする報告が優位であるが、未だに有効か無効かの結論が出てい
            ない。使用するなら、メチルプレドニゾロンのパルス療法が勧められる(ハイドロ
      コルチゾンとの比較で、死亡率に有意差があるとする報告が多いことで、
            life savingとしての意味合いが強い)。使用に当たっては副作用を熟知し、十分
            な注意をはらって使用する。
             1.生食100ml+ソルメドロール1000mg。1日1回1時間で、3日間連
               続使用して中止。やむを得ず漸減が必要なときは、4日目以後半量づつ減量し、
              100mg以下になるところで、中止するかプレドニン60mgにして漸減する。
            2.補助療法として、ガスター20mg、1日2回。ファンギゾンシロップ2ml、
              1日3〜6回など。
          2)インダシン坐薬:エンドトキシンにより発生するプロスタグランディンの合成抑
             制を目的として投与(50mgまたは25mg)。
       e)合併症の診断と治療:早期に合併症の診断をつけることが最重要。
       1)頻度の高い合併症は:DIC、急性腎不全(腎性・腎前性)、高血糖、代謝性ア
             シドーシス(乳酸アシドーシスも含む)、肺水腫、ARDS、肝機能障害(時に
             肝不全)、膵炎など。
          2)診断と治療の詳細は別項に譲る。
        5.治療2(hypodynamic stateの時の治療)
      a)基本的に治療は無効か、効果不十分のことが多い。
         b)原則として心原性ショックの時の治療と考え方は同じ。しかし、この状態になって
           から治療を行っても救命は不可能に近い。従って、早期診断とhyperdynamic state
           の時の適切な治療に尽きる!
 5)心原性ショック→心不全(P76)、急性心筋梗塞(P66)の項を参照。


・参考文献
 1. 山村秀夫ほか:臨床医のためのハンドブック ショック メヂカルレビュー社、1986
 2. 太田怜ほか:内科医のための図解救急処置 医学書院 1982
 3. 梅森馨ほか:救急治療の実際、第2版 世界保健通信社 1984
 4. 相川直樹:ショックの循環管理 救急医学(No.10 救急認定医に必要な基礎知識) 
  5. 内科レジデントマニュアル 第2版 医学書院 1987
     

     図1:大量出血時の輸液・輸血
    
     収 縮 期 圧          収 縮 期 圧       収 縮 期 圧    
    80〜100mmHg    50〜80mmHg    50mmHg以下 
          ↓                      ↓                      ↓ 
       急速輸液A*          急速輸液B*         急速輸液C* 
      500ml           2000ml         5000ml
     ↓          ↓   ↓            ↓   ↓
          ↓        [反応+][反応−]  [反応+][反応−]
     ↓          ↓   ↓            ↓   ↓
     A          A   B      A   B
    

     [A] 輸液・輸血の指標          [B]難治性ショック                
    血圧>100mmHg               1.内出血の持続   
        脈圧>30mmHg                  2.胸腔内圧の異常上昇 
       CVP3〜10cmH2O               心タンポナーデ、縦隔気腫
     尿量>30ml/時間                  緊張性気胸 
          ↓                    3.心原性ショックの合併 
          ヘマトクリット                       4.Traumatic toxemia 
            ↓   ↓                         5.脳死
         30%以上 30%以下                     6.一過性の心停止
            ↓   ↓                         7.低体温 
    輸液中心 輸血中心               ↓
                       スワンガンツカテーテル
      *輸液A:ラクテック  500ml             ↓     ↓
    輸液B:ラクテック1500ml     CVP>15  CVP<10
        代用血漿剤 500ml     PCWP>15 PCWP<10
    輸液C:ラクテック2000ml     LVSWI>50 ↓
        代用血漿剤1000ml       ↓     ↓
        輸血   2000ml     ドーパミン  輸液負荷
                       利尿剤など   ↓
    注)代用血漿剤                 ヘマトクリット
       プラズマネートカッター           ↓   ↓
       ヘスパンダー              30%以上 30%以下
       低分子デキストラン             ↓   ↓
                           輸液中心 輸血中心
  
   

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