【水電解質異常】
A)低Na血症
1)分類・原因疾患
1.真の低Na血症(低浸透圧症候群)
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細胞 | 尿中Na | 尿中Na
外液量 | >20mEq/ | <10mEq/
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| 急性腎不全 | うっ血性心不全
増 | | 慢性肝疾患(肝硬変)
| | ネフローゼ症候群
加 | | 低蛋白血症
| | 慢性閉塞性肺疾患
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| SIADH | 水中毒
正 | 甲状腺機能低下症 | SIADH
| 副腎不全 | の水制限治療期
常 | 利尿剤投与 |
| 無症候性低Na血症 |
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| Na喪失性腎症 | 消化管よりの喪失
減 | 尿細管障害 | 嘔吐・下痢・瘻孔
| 急性腎不全利尿期 | Third spaceへの喪失
少 | 副腎不全 | 熱傷・腹膜炎・発汗
| 利尿剤投与 | 急性膵炎・腸閉塞
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2.偽性低Na血症
a)正浸透圧性(多発性骨髄腫・高蛋白血症・高脂血症による)
b)高浸透圧性(高血糖・マンニトールやグリセオール投与による)
注)低Na血症の基礎疾患として悪性腫瘍が存在する割合は約37%と高
率である。
注)無症候性低Na血症とは、慢性消耗性疾患に合併する症状を伴わない
細胞レベルの代謝異常で、SIADHの亜型など諸説があるが結論は
出ていない。治療は一般的に不要。
注)一般に、血糖が100mg/dl増加すると、血清Na値は1.3〜
1.6mEq/ 低下する。
2)臨床症状:浸透圧差により細胞内に水分が移行して起こる細胞内浮腫によ
る中枢神経症状が主として出現する。
軽症:全身倦怠感、食欲不振、周囲無関心、傾眠傾向
重症:悪心、嘔吐、意識障害、痙攣、仮性球麻痺
3)診断:上記分類に基づき鑑別する
1.浸透圧を測定し、真の低Na血症か偽性低Na血症かを確認する。
a)細胞外液中の浸透圧活性物質の95%はNaイオンとそれに伴う陰イオ
ンであるので、血漿浸透圧はNaによって規定される。
b)血漿浸透圧=2(Na+K)+BUN/2.8+血糖/18 と推定され
るが、実際の測定値がこの値より10以上高いときは偽性低Na血症が
疑われる。
2.細胞外液量を臨床的に評価する。
a)細胞外液量の減少を示唆する症状・所見
1)組織間液の減少:皮膚弾力性(turgor)の低下、粘膜や皮膚の乾燥、
舌の容積減少、眼圧低下
2)循環血漿量減少:頻脈、起立性低血圧、たちくらみ、表在性静脈の虚
脱、体温の下降、腎循環障害(BUN上昇など)
b)チルトテスト:患者を仰臥位より起こした際の血圧・脈拍の変化を見る
もので、1)→5)の順序でより重篤な循環血漿量の低下を示唆する。
1)上体を起こした際、脈拍が20/分以上増加する。
2)仰臥位で脈拍が100/分以上ある。
3)上体を起こした際に、拡張期血圧が20mmHg下がる。
4)上体を起こした際に、収縮期血圧が20mmHg下がる。
5)仰臥位ですでに収縮期血圧が低下している。
c)細胞外液量の増加を示唆する症状・所見
浮腫、体重増加、表在静脈の努張など
3.尿中Naを測定し、上記の表を参考に原因疾患を診断する。
4)治療
1.浸透圧低下群
a)細胞外液量増加
原疾患の治療
b)細胞外液量正常
1)SIADH:原因の究明と除去(参考UP144参照)
イ)水制限(1日500〜800ml)
ロ)ラシックス 40〜100mg 静注
ハ)生食500ml+KCl1A 点滴静注(尿中に失われた分を補充)
ニ)3%NaCl 40〜100ml 点滴静注
注)Naの投与は、体液量の増加による心不全を引き起こす可能
性があるので、通常使用しない。
ホ)デメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン 1T=150mg)600-1200mg/日 内服
注)尿細管に作用し、ADHの効果を抑制するが、効果発現には数
日を要する(あまり使われないが積極的に治療するなら有用)。
2)その他の原因によるもの
イ)原疾患の治療、原因の除去
ロ)重症の場合(Na<110mEq/ )
3%NaCl 500ml 点滴静注(6〜24時間)
c)細胞外液量減少
イ)原疾患の治療
ロ)CVP(PCWP)をモニターしながら、
生食500ml 点滴静注(1〜4時間)
2.浸透圧正常群
a)低Na血症に対しては緊急処置は一般に不要。
b)原疾患の治療を優先する。
3.高浸透圧群
a)原疾患の治療、原因の除去が第一。
b)脱水があれば、生食500ml点滴静注(1〜4時間)
B)高Na血症
1)分類、原因疾患
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|細胞 |尿浸透圧↑(高張尿) |尿浸透圧↓(低張尿) |
| 外液量 |尿Na<10mEq/ |尿Na>20mEq/ |
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| | 腎外性Na喪失 | 腎性Na喪失 |
| 減 | 1.下痢(特に乳幼児)| 1.浸透圧利尿(高カロ|
| | 2.発汗過剰 | リー輸液・糖尿病・|
| | | 窒素利尿・造影剤・|
| 少 | | マンニトールなど)|
| | | 2.急性腎不全利尿期 |
| | | 3.利尿剤+飲水低下 |
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| | 腎外性水分喪失 | 腎性水分喪失 |
| | 1.不感蒸泄 | 1.中枢性尿崩症 |
| 正 | | 2.腎性尿崩症 |
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| | 水分摂取不足 |
| 常 | 1.意識障害 |
| | 2.その他の原因による飲水不能 |
| | 本態性高Na血症(中枢性高Na血症) |
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| | Na過剰摂取 | |
| | 1.高張食塩水投与 | |
| 増 | 2.重曹水の過剰投与 | |
| | Na貯留(コルチコ | |
| | イド過剰)| |
| | 1.クッシング症候群 | |
| 加 | 2.原発性アルドステロ| |
| | ン症 | |
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注)高頻度ベスト(ワースト?)3は水摂取不足の状態に於ける不適当な
輸液、医原性の浸透圧利尿、メイロンの過剰投与である。
注)経口水分摂取が何らかの原因で妨げられた尿崩症には脱水が加わる。
注)本態性高Na血症
脳血管障害、脳腫瘍などにより視床下部浸透圧受容体(osmoreceptor)
の設定値のresettingが起こり、血清Naが高値で維持されるもの。血
漿ADH基礎値は低いが水制限、塩分負荷などによるADHの反応は
ほぼ正常である(中枢性尿崩症との鑑別点)。慢性の高Na血症があ
るが原則として脱水は認められない。
2)臨床症状:循環血漿量の変化に伴う症状と細胞内脱水による中枢神経症状
が出現する。
1.初発症状:不穏、被刺激性の亢進、嗜眠
2.重症例:筋攣縮、振戦、運動失調、痙攣
注)脳細胞の脱水に対する防御機構として、脳細胞内に浸透圧活性物質が
生成され、脳細胞内水分量が保持されるため、急性で高度の高Na血
症以外は意識障害が現れにくい。故に、急激な高Na血症の補正は、
著しい脳浮腫を引き起こす可能性があるので注意!
3)診断
1.低Na血症と同様、まず細胞外液量を臨床的に把握する。
2.次に尿中Na濃度、尿浸透圧、病歴などから上記の表を参考に診断する。
4)治療
1.細胞外液量減少群(急性腎不全利尿期を除く)
a)原疾患の治療、悪化要因の除去
b)CVP5cmH2Oを目標にして、ラクテック500ml/hr 点滴静注。
c)以後は、維持液に切り替える。
ソリタT3 2000〜3000ml/day 点滴静注。
2.細胞外液量正常群
a)5%グルコース 500ml/2〜6hr 点滴静注。
b)高Na血症が改善したら維持液に切り替える。
注)尿崩症の治療はデスモプレシン(250μg/2.5ml)、1回5〜
10μg、1日1〜2回鼻腔内投与。
注)本態性高Na血症は原則として治療を要さない。
3.細胞外液量増加群
a)原因の除去。
b)心不全の徴候があれば、ラシックス20〜100mg 静注。
C)低K血症
1)原因、分類
1.摂取不足(尿中K<20mEq/日)
2.腎外性喪失(尿中K<20mEq/日、尿中K/Cr<20mEq/g)
a)下痢、嘔吐
b)消化液吸引、腸瘻
3.腎からの喪失(尿中K>20mEq/日、尿中K/Cr>20mEq/g)
a)電解質異常:利尿剤投与、高Ca血症、低Mg血症、抗生剤大量投与(
Na含有量の多いペニシリン系薬剤など)
b)内分泌異常:原発性および続発性アルドステロン症(腎血管性高血圧・
悪性高血圧・レニン産生腫瘍・Bartter症候群)、クッシング症候群
c)偽性アルドステロン症(甘草(licorice)・グリチロンなどの服用)
d)腎疾患:間質性腎炎、尿細管性アシドーシスなど
e)その他:糖尿病性ケトアシドーシス、Liddle症候群、白血病など
注)間質性腎炎による低K血症は意外に頻度が高い。原因としては薬剤(
非ステロイド系抗炎症剤など)、感染、代謝異常(高尿酸血症・高Ca
血症・低K血症)などが重要。
4.細胞内への移行
アルカロ−シス、インスリン投与、周期性四肢麻痺、カテコールアミン
2)臨床症状
1.神経・筋症状:筋力低下、テタニ−、知覚障害、rhabdomyolysis、記銘力
低下、見当識障害
2.心症状:不整脈、心電図変化
3.腎症状:多飲、多尿、口喝
4.消化器症状:食欲不振、嘔吐、麻痺性イレウス
3)治療
1.原疾患により治療法は異なるのでK補充の原則についてのみ述べる。
2.経口
a)緊急の場合を除いて、経口投与が原則。
b)スロ−K(8.0mEq/T)、アスパラK(1.8mEq/T)
3.点滴
a)高濃度のKの中心静脈よりの投与は、心臓への影響を考えて避ける。
b)10mEq/ 以上の濃度では末梢静脈炎をおこすことがあるので注意。
c)点滴速度<20mEq/時間、K濃度<40mEq/ で補充する。
d)低K血症の是正は、速すぎるより遅すぎる方が安全。
e)補正を急ぐのは、不整脈を伴うジギタリス中毒、四肢麻痺、低Kが誘因
の肝性昏睡など。
[参考1]
1.pH 0.1の上昇(低下)で、血清K濃度は0.6mEq/ 低下(上昇)
2.血清K 1mEq/ の低下につき、体内総K量は約200mEq不足。
※例えば、pH 7.52、血清K 2.5mEq/ の場合。
補正目的量を3.5とすると、
3.5−(2.5+(7.52−7.4)/0.1×0.6)=0.28
200×0.28=56mEqの補充を行えばよい。
D)高K血症
1)原因、分類
1.偽性高K血症
試験管内溶血、血小板増多、白血球増多、家族性偽性高K血症
2.外因性K負荷
食事、薬剤、大量輸血
3.内因性K負荷(細胞内Kの放出)
a)細胞破壊:外傷、溶血、rhabdomyolysis、消化管出血、癌化学療法によ
る腫瘍細胞破壊
b)細胞内よりの移行:アシド−シス、インスリン欠乏、血漿浸透圧上昇
c)薬剤
1.細胞内からのK流出促進:サクシニルコリン、アルギニン
2.細胞内へのK移行抑制:β遮断剤、大量のジギタリス
d)その他:高K血性周期性四肢麻痺など
4.尿中K排出の減少
a)腎不全:急性腎不全、慢性腎不全
b)アルドステロン分泌不足
1)一次性:アジソン病、酵素欠損(21-hydroxylase欠損など)
2)二次性(低レニン性低アルドステロン症):糖尿病性腎症、痛風腎、
薬剤(消炎剤など)、間質性腎炎など
c)アルドステロン不応症
1)腎移植、SLE、アミロイド−シス
2)偽性低アルドステロン症 1型、2型
d)薬剤:スピロノラクトン、アミロライド、トリアムテレン
2)臨床症状・徴候
1.心電図変化:T波の先鋭化、PR間隔の延長、QRS間隔の拡大、P波の
消失、期外収縮、房室ブロック、心室細動、心停止。
2.神経筋症状:顔面や舌筋の刺激過敏、筋力低下、知覚異常、麻痺など
3.消化器症状:悪心、嘔吐
3)治療
1.緊急処置として:
a)塩化カルシウム 1A(20ml)ゆっくり静注。Caが心筋の興奮の
閾値を上げる。1〜3分で効果出現し、30〜60分持続する。急速投
与で心停止の恐れがあるので慎重に!
b)メイロン40ml 静注。Kを細胞内に移行させるほか、尿中へのKの
排泄を増加させる。効果発現は10〜20分。持続は1〜2時間。
Caとの混注禁(沈澱する)。
c)50%グル40ml+ヒューマリンR5単位1回静注(約5分で)。
または、10%グル500ml+ヒューマリンR10〜15単位を1時
間で点滴静注。約30分で効果出現し、2〜3時間持続する。インスリ
ンがKの細胞内への移行を促進することによる。
d)ケイキサレ−ト30g+(ソルビトール30g)+微温湯100mlを注腸。最
低でも30分留置する。効果発現は1時間。持続は3〜4時間。Kと引
き換えに同量のNaが蓄積することに注意。
e)緊急血液透析:過剰のKを除去するのには最も有効。上記の治療が無効
または不十分なとき、適応。
E)高Ca血症
1)原因・分類
1.高Ca血症の診断と評価
a)血清Caの約45%はイオン化Ca、約55%は蛋白(特にアルブミン)
結合Caで、生理活性を有するのはイオン化Ca。Caの値を評価する
には血清アルブミン値による補正を行う必要がある。
b)補正Ca値(mg/dl)=測定Ca値−血清アルブミン値(g/dl)+4.0
c)補正Ca値が11mg/dl以上のときには、高Ca血症があると考え、
原因の検索と治療を行う。
2.原因
a)悪性腫瘍:悪性腫瘍骨転移、多発性骨髄腫、成人T細胞性白血病、
ホルモン産生腫瘍(PTH・OAFなど)
b)急性腎不全の回復期(まれ)
c)副甲状腺機能亢進症
1)原発性
2)続発性:吸収不良状態、慢性腎不全、腎移植後
d)その他の内分泌異常:甲状腺機能亢進症、副腎皮質不全
e)ビタミンD中毒
f)その他:ミルクアルカリ症候群、サイアザイド投与、サルコイド−シス
注)臨床的には悪性腫瘍によるものの頻度が最も高いので、高Ca血症を
みたら、悪性腫瘍を捜す!
2)臨床症状
1.意識障害:傾眠傾向、無欲状態、昏睡
2.消化器症状:悪心、嘔吐、便秘
3.腎症状:口喝、多飲、多尿
4.心電図変化:QT短縮
3)治療
1.補正Ca値<14mg/dl
a)生食 1500〜2000ml/日 点滴静注。
近位尿細管のNa負荷増大させて、Ca再吸収を抑制する。
b)エルシトニン 40単位(1/日〜2/週)筋注
蛋白製剤のため、アナフィラキシーショックあり。皮内テスト後使用。
悪性腫瘍骨転移、骨粗鬆症などの骨痛にも有効で、比較的早期に効果が
発現する。
c)プレドニン 30〜40mg/日 静注。効果発現は1〜2週後。
2.補正Ca値>14mg/dl
a)生食 4000〜6000ml/日 点滴静注。
CVPをモニタ−しつつ、適宜ラシックスを使用する。心不全に注意!
b)エルシトニン 40単位(2/日) 筋注
c)プレドニン 30〜60mg/日 点滴または静注
d)Mithramycin:15〜25μg/kgを4〜6時間で点滴静注。5〜10
日毎に使用。2〜5日目にCa値が最低となる。抗腫瘍剤でosteoclast
に直接作用してその機能を障害する。腎毒性と血小板減少に注意。
e)以上にて症状の改善が無いときは緊急血液透析を考慮。
3.上記治療はあくまで対症療法。原因の検索と原疾患の治療を忘れずに!
[参考2]SIADHの原因について
1)異所性ADH産生
悪性腫瘍(肺癌・膵癌など)、肺結核
2)視床下部性ADH産生
脳炎、脳腫瘍、ギランバレー症候群、肺炎
3)薬剤によるもの
1.ADHの産生増加(chloropropamide,vincristine,cyclophospamide)
2.ADH効果増強(chloropropamide,tolbutamide)
4)ストレス(情緒的・肉体的)によるもの
・参考文献
1.水・電解質代謝 Medical practice Vol.2 No.12 1985 文光堂
2.Berlyne GM:体液電解質異常 医学書院 1982
3.Valtin H:腎臓病−病態生理と臨床 MEDSi 1982
4.黒川清ほか:腎体液異常の管理と治療 南江堂 1989
5.伊賀六一ほか:内科治療ハンドブック 医学書院 1989
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