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治療の基本方針
肥満の治療には、食事療法、運動療法、薬物療法、外科療法があります。外科療法は重症の肥満に用いられるきわめて特殊な治療法です。また、薬物療法は重症の肥満(BMI≧35または、肥満度≧70%)の時に限り使用されるものですので、通常は食事療法と運動療法が主体となります。またこの2つは、それぞれ個別に実施すべきものではなく、両者を同じに行うことが大切です。
食事療法
短期間に極端な減量を計画しても長続きしません。一時減量に成功したように見えても、その反動で食べてしまい、返って前より増えてしまう(リバウンド)ケースが少なくありません。適正なカロリーの規則正しい食事をよく噛んで食べる食生活を無理なく続ける事が、確実な減量への早道です。
  1. 適切な摂取エネルギー(カロリー)の決定
    • 最初は標準体重×25kcal/日でスタートし、3〜4kgの減量をめざす。
    • その後、男性では1600kcal/日、女性では1400kcal/日前後の食事を維持できるように努力する。
  2. 適切な栄養素の配分:栄養のバランスがかたよらないように気をつける事が大切。
    • 蛋白質は、標準体重×1〜1.2g/日(脳神経、内臓、筋肉などの活性組織の保持のため)
    • 糖質は1日最低100gは摂取する(脳のエネルギー供給・ケトーシスの予防などのため)
    • 脂肪の制限は大切で、1日20g前後にします(必須脂肪酸と脂溶性ビタミンの補給のため)
    • 十分な緑色野菜とコップ1杯の牛乳(ビタミン・ミネラルの補給のため) 
    • 具体的な食事例(1200Kcal)
      1. 甘いもの止め、油類は極力減らす、食前に生野菜をたくさん食べる
      2. 蛋白質70g(牛乳1本、卵1個、魚80g、肉80g、豆腐1/2丁)
      3. 果実 1個半
      4. 米飯 2/3杯 ×3
  3. 食事習慣の改善
    • 食生活の規則性:1日3食、できるだけ決まった時間、場所で規則的に食べる習慣を確立する。
      • やせるために朝食や昼食を抜く方がいますが、食事と食事の間隔があくと、1回あたりの食事量が増えて、夕食の時にたくさん食べる結果となります。また、体の方はいつエネルギーが入ってくるかがわからないため、自らを守るためにエネルギーをたくさん取り込み蓄えようとします。結果として逆に太ってしまう事になります。
      • 1日3食をきちんと食べることは消費エネルギーと摂取エネルギーのバランスをとる上でとても重要な事です。朝食と昼食をしっかりとり、夕食は控えめに、これが原則です。
      • 宴会・飲み会、お正月・お盆などのイベントの際には特に注意が必要です。普段は体重が増えないように気をつけていても、このようなイベントでちょっと油断をすると体重が1〜2kg簡単に増えてしまい、その体重が維持されると、結局階段状に体重が増えてしまいます。
    • 代理摂食・過食行動:ストレス解消の目的での過食などをやめる
      • 火事や破産、失恋などの突然の大きなストレスは食欲を低下させますが、日常的なストレス(夫の帰りが遅い、子供の受験、嫁姑問題など)は、イライラ食い・やけ食いなどの過食の結果、肥満をもたらします。
      • ストレス焦点をあわせたマネージメントや別な方法によるストレスの解消を考えなければなりません。
    • 食べ方:ゆっくり食べる、よく噛んでたべる
      • 早食い、よく噛まないなどの食べ方の場合、胃の伸展受容器からの末梢性の神経情報や血糖値の上昇による満腹中枢からの指令が届く前にたくさんの食べ物を食べてしまいます。
      • 1口30回などよく噛んでから食べると、咀嚼する事により脳内ヒスタミンが増加して満腹感が生じます。
    • 食関連行動に関するゆがみ・誤解や自覚の欠如
      • 「水を飲んでも太る」、「そんなに食べていないのに太ってしまう」などはよく聞く言葉ですが、水を飲んでも太る事はなく、食べる量についても大部分の肥満の方は、健常者よりも確実により多くのカロリーを摂取しています。たくさん食べていながらそれを自覚していない事は肥満の是正にとっては困ったことです。
      • 「お客さんが来た時に一緒にお茶菓子を食べる」、「余った食べ物をもったいないから食べる」、「大盛り大サービスや出血サービス時に得した気分でたくさん食べる」、「10個買ったら3個おまけがついてきて得をしたと思う」、「今日はたくさん運動したので、ちょっとくらい食べ過ぎても大丈夫と思う」なども肥満につながるパターンです。
    • 食事内容
      • 外食や出前が多い場合には、栄養のバランスが高カロリー、高脂肪になりやすく注意が必要です。生野菜(ドレッシングにも注意)を別に用意する等の工夫が大切です。
      • 自分の好みの食品はたくさん食べてしまいがちです。肥満者には、自分の好みの食品が炭水化物や脂肪に富んだものが多く、好みの範囲が以外に狭いなどの傾向があり、注意が必要です。
運動療法
 肥満の治療に際して、食事療法と並んで大切なのが運動療法です。食事療法のみで減量した場合、脂肪と同時に筋肉などの組織も減少します。すると基礎代謝量が低下しますので、以前と同じカロリーを摂取した場合、以前よりも相対的にカロリーオーバーとなり、逆に太ってしまいます(リバウンド)。再び食事制限をすると再び脂肪と同時に筋肉も減ります。これを繰り返すと筋肉組織は減っていき、体脂肪がどんどん増えていってしまいます。この現象をウエイト・サイクリングと呼びます。
 人間の体は、安静にしている時でも、生命を維持するために必要なエネルギー(基礎代謝量)を消費しています。このエネルギーは性別や年齢によっても違いますが、40歳代の女性で1日約1200kcalです。運動することで筋肉量が増えるとこの基礎代謝量が増加し、黙っていても消費されるエネルギーが増加しますので、太りにくい体になります。
 また、適度な運動を続けていると、筋肉の細胞がエネルギーを取り込む際に必要なインスリンの働きがよくなり、エネルギーが利用されやすくなります。
 具体的な運動の仕方としては、100m競争のような瞬間的な激しい運動ではなく、脈拍数が1分間に100〜120位の中等度の運動(脂肪をエネルギーとして利用するのに最も適しています)を1日の合計で1時間以上行う事(約200〜300kcalの運動になります)が大切です。
薬物療法
 現在、肥満症の薬としては中枢性食欲抑制剤が、肥満度≧70%またはBMI≧35の高度肥満に限って3ヶ月を限度として使用できます。この薬剤は、脳内アミンのβアドレナリン系を刺激すること、直接満腹中枢を刺激、空腹中枢を抑制することなどにより食欲抑制作用を発揮します。この薬剤の効果は確かなものですが、食事療法と運動療法を行わずに薬の力だけでやせようとしてもその減量は成功しません。お薬が使える3ヶ月間はやせていきますが、お薬を休むと元に戻ってしまうからです。このほかにエネルギー消費を高める作用を持つ漢方薬を使用する事があります。
参考資料
  • 臨床医のための動脈硬化症(成因と診療のポイント) 日本医師会
  • NHK 今日の健康 2000年4月号
  • 肥満症と生活習慣 須永健一郎、黒川 衛 診断と治療 Vol87−No3 p477−1999